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第2話
「初めまして。升谷糸史 です」
屈託なく、少しも躊躇う様子もなく、男が満面の笑みで新汰に笑いかけてくる。
「初めまして、乾新汰 です。兄がお世話になっております」
新汰も負けじと笑顔で返した。
しかし、内心は疑問と混乱でいっぱいで、頭の中はおもちゃ箱をひっくり返したような状態だった。
誰だって驚くだろう。
兄から恋人だと紹介された相手が自分と同じ性、つまり男だったら。
なぜ男なんだ。
新汰は必死に笑顔を作ると、柔らかく微笑む男を心の中で凝視した。
少し前まで、奏汰が付き合っていたのは確かに女の子だった。
髪が長くて、目が大きくて、胸も大きくて、ミニスカートが似合う見た目だけは可愛らしい子だった。
しかし今、新汰の目の前で恋人だと紹介されたのはどこからどう見ても男なのだ。
確かに、整った顔立ちではある。
黒目がちな瞳とすっと通った鼻梁。
全てのパーツが品良く、細い輪郭の内側に綺麗に収まっている。
しかし、胸も尻もぺたんこだし、腕や咽喉はしっかりと筋張っていて女の子特有の柔らかさのかけらもない。
どこからどう見ても男なのだ。
「やっぱり驚いたよな?」
兄がバツの悪そうな表情で頭を掻くと、チラチラと新汰の反応を窺ってくる。
当然だろ。
何で男なんだ。
喉まで出かけた言葉を飲み込んで、新汰は精一杯笑って見せた。
「そんなわけないじゃん。人を好きになるのに男も女も関係ないと思うよ」
思ってもない台詞を平気で吐いて、新汰は心の中で呟く。
虫唾が走る。
しかしその冷ややかな感情は、ただ単に兄が男を連れてきたからという理由だけではない。
これまで兄の奏汰が「恋人」を連れてくるたび、その事を嬉しそうに新汰に話してくる姿に、毎度反吐が出そうだった。
どいつもこいつも兄には似合わない。
相応しくないもの同士が馴れ合ってる姿ほど醜いものはない。
具体的にどんなタイプがとはハッキリいえないのだが、兄にはもっと相応しい相手がいるはずだと新汰はいつも思っていた。
「ちょっとトイレに行ってくるよ。二人で適当に頼んどいて」
奏汰が席を立ち、新汰は升谷 と二人きりになった。
メニューを見るフリをして新汰は再び男を盗み見る。
兄はこの人のどこが良かっただろうか。
視線を落とす男の俯き加減の顔にじっと目を凝らす。
顔、性格?それとも…
「そんなに見つめられると穴が空きそうだな」
新汰はハッとした。
男の口元が弧を描いている。
どうやら新汰の視線に気づいていたらしい。
「あ、ごめんなさい」
ヘラっと謝ると心の中で舌打ちをした。
「いいよ。大事なお兄さんの連れてきた恋人が男だったら誰だってそうなるでしょ」
少しの皮肉さも感じさせず、升谷はさらっと答えると顔を上げた。
「本当は気持ち悪いって思ってるんじゃない?」
まるでこちらの心中を見抜いているかのような言葉に不覚にもドキッとしてしまう。
新汰は悟られないよう努めて笑顔で返した。
「そんな事ないですよ。俺、そういう偏見持ってないから」
「嘘つきだね」
升谷はそう言うと、新汰をじっと見つめてきた。
新汰を映す瞳が妙に曇っている。
怒らせただろうか。
新汰自身この男に嫌われようが全く問題はないが、初っ端から気不味くなるのは色々まずい。
先ずは相手との距離を縮める。
それがいつもの新汰のやり口なのだ。
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