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第3話

兄の目が好きだ。 鑑定をしている時のあの真摯な眼差しが。 ものと向き合い、そのもの本来の姿にどんな価値が隠されているのか暴こうとするあの直向きな眼差しが。 あの目を見る度にゾクゾクとして、なぜかいけないものでも見ているかのような気持ちになる。 新汰の兄に対する憧憬は今に始まったことではない。 幼い頃から新汰は兄の後をずっとついて回っていた。 最初の頃は周囲の目も穏やかだった。 兄の後ろを懸命に追いかける弟なんて珍しくとも何ともない話だからだ。 しかし中学、高校を卒業してもなお変わらない新汰の熱心な憧憬に、その目は次第に奇異なものへと変わっていった。 今では実の親でさえ冷めた目で新汰の事を見初めている。 しかし、新汰自身は兄に対するその思いが恥ずかしいとか、おかしいだなんて思ったことは一度もなかった。 兄は素晴らしい才能を持っている。 凡人ができないような仕事だってこなしている。 優しくて懐が深くて男前で、どんな角度からみても男振りの良さが劣らない。 新汰にとって奏汰は完璧で、唯一無二の存在なのだ。 だからこそ許せなかった。 憧れの兄が連れてくる、恋人たちのレベルの低さが。 奏汰は本来、物の本質を見抜く事ができる人間だ。 肉眼では見つける事ができないような小さな傷や劣化も決して見逃さない。 それなのに、人に対しては全くその能力を発揮できないのだ。 スタイルのいいモデル風の美女、アイドル並みの容姿を持った可愛らしい女の子、育ちの良さそうな清楚なお嬢様。 今まで連れてきた恋人たちは確かに粒揃いばかりだった。 しかし外見ばかりが良くても、中身が伴ってなければ全く意味がない。 そんなのは精巧に作られたレプリカや模造品と一緒で、兄には全くもって相応しくない。 だから新汰は決めたのだ。 兄ができないのなら、代わりに自分が兄の恋人をしてやろうと。 簡単な事だ。 兄の恋人と仲良くなり、「好きになってしまった」と(けしか)ける。 その相手が恋人の奏汰(そうた)を選ぶか、それとも弟の新汰(あらた)を選ぶかで資質を見極めてやるのだ。 もしも本当に心の底から兄を想っているのであれば、新汰の仕掛けた罠には引っ掛かったりしないはず。 奏汰の事を心から愛しているなら、どんなに新汰が熱烈にアプローチしても靡いたりしないはずだ。 しかし、これまでの奏汰が連れてきた恋人の中で兄を選んだ人間はただの一人もいなかった。 それが余計に新汰を苛つかせた。 どいつもこいつも上っ面ばかりで、簡単に兄を捨てるような薄汚い奴らばかり。 奏汰のことなんて一ミリたりとも愛していない。 奴らはただの悪い虫だ。 しかし、今回ばかりはどうしたものかと悩んでいた。 相手が男だからだ。 女が相手ならある程度やり方が決まっていて、あとは反応を見ながら少しずつやり口を変えていけばいいのだが、正直男を相手にそれが通用するかわからなかった。 しかも相手は少しばかり頭の切れる奴らしい。 初めての食事会の時、あの升谷(ますたに)という男はこちらの胸中をズバリ言い当ててきた。 初対面の恋人の弟にあれだけはっきりとモノが言えるのだから、一筋縄でいく相手ではないのは確か。 下手をすれば新汰がやっている事全て、兄に知られてしまう可能性もある。 しかし、このまま黙って見過ごすわけにはいかない。 男だろうと女だろうと、兄に相応しい相手を見つける事ができるのは新汰しかいないのだから。 どうしたものかと考えあぐねていたある日のこと、チャンスは突然訪れた。

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