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第5話

升谷(ますたに)のマンションは大学から歩いて5分くらいの場所にあった。 外装からして質が良いのは見て取れたが、通された升谷の部屋もかなり広くスタイリッシュな部屋だった。 流石ジュエリーショップで働いてるだけあって、ラグジュアリー感漂うインテリアにセンスが光っている。 それが嫌味がなくて新汰はまた妙に腹立たしく感じた。 ここに兄を何度呼んで、したのだろうか。 考えるとざわざわと胸が騒ついて、カーテンが開かれた大きな窓の向こうに広がる景観にわざとらしく感嘆の声をあげてみる。 「すごいなぁ。升谷さんって何者ですか?」 「はは…大袈裟だなぁ。新汰くん家も同じくらい広いでしょ」 苦笑を浮かべながら、手にいくつかアイスを抱えた升谷がそれを差し出してきた。 新汰はその中から一つを選ぶと、真っ白なカウチソファに腰を下ろす。 升谷は一度キッチンに戻るとコーヒーの入ったマグを手に新汰の隣に落ち着いた。 ギシリとソファが軋んで、身体が僅かに傾く。 「暑いね。アイスでも食べてかない?」そう言っていたくせに、ホットコーヒーとかあからさま過ぎでしょ。 新汰はアイスを齧りながらチラリと男を盗み見た。 伏し目がちな目元に、初めて会った日の事を思い出す。 美形だとは思っていたがしっかりと見ていなかった新汰はよく見ると彼の睫毛が恐ろしく長いことに気づいた。 肌が白いのは最初から感じていたが、近くでみると透明感があって妙に艶っぽく見える。 厚ぼったい化粧で色々誤魔化している女の子たちしか見てこなかった新汰は升谷の横顔に思わず見惚れてしまっていた。 嘘だろ。 新汰は心の中で首を振った。 男に…ましてや兄についたなんかに心を揺さぶられるなんてあり得ないはずだ。 それなのに、なぜだか升谷の横顔から視線を逸らすことができない。 するとカップのふちに口をつけていた升谷の唇がフッと笑みの形になった。 その唇の動きにまで視線を奪われてしまう。 「そんなに見つめられると穴があきそうだな…って、これこないだも言った気がする」 あの日のようにふふっ、と笑う升谷に何の脈略もなく唐突に訊ねた。 「なんで俺の事誘ったんですか?」 半ば棘のある言い方になってしまったが、升谷は然程気にも止めていないようだ。 首を傾げると言葉を濁す。 「ん〜〜なんでだろうね」 「避けられてると思ってました」 「そう見えた?」 のらりくらりと躱すような升谷に次第に苛々が募りはじめた。 今まで散々こちらのペースを乱してきたくせに突然近づいてきて、そうかと思えばまたふらりと躱される… まるで掌で踊らされている気がして、新汰は升谷の手からマグを奪うとテーブルの上に置いた。 「真面目に答えてくださいよ。じゃないと…犯しますよ?」 升谷の腕を掴む。 ちょっとした脅しのつもりだったのに、掴んだ腕の感触になぜか新汰の方が熱くなってしまった。 「いいよ、新汰君ならいいかなって思って呼んだんだし」 升谷はそう言うと、狼狽える新汰にグッと近づいてくる。 掴んだ腕に手を重ねて、こちらを覗き込んでくる升谷の顔が思いの外近くて新汰はまた焼けつくような熱さに見舞われた。 おかしい。 こんなのおかしいのに、今まで感じたことないほど純粋に目の前の男を組み伏せて見たいと思っている。 「ね、ちょっと縛ってみない?そういうの興味あるでしょ」 男はそう言うと蠱惑的な眼差しで新汰を見上げた。 ゴクリと喉がなる。 だ。 この男は今まで見てきた兄の恋人の中でも最も質の悪い虫だと思った。

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