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月曜日の夜(1)

ドアを開けると、三和土(たたき)にはナギサの皮のブーツが揃えてあった。 電気のついている奥の部屋で人の動く気配がする。 和臣は振り返ってドアの上にある配電盤の戸を開けると、おもむろにブレーカーを落とした。バチンという音とともに、自分の専有面積の電気が消えた。 目が慣れるまで、何も見えない。 「ナギサ、いるんだろ。出て来い。」 和臣はそう声をかけた。返事がない。 「停電したのかな。…… 真っ暗だな。」 和臣がそう言うと、奥の部屋のドアが開くカチャリという小さな音が、暗闇に響いた。 「…しらじらしいよ、和臣…… 」 カズオミ(・・・・)。 懐かしさに、身震いした。耳に心地よい、落ち着いた、少しだけハスキーで、柔らかい…… それは、確かに綾人の声だった。 「……っおまえ、やっぱり……っ!」 ふっ、と、小さく息が吹き出す音がした。 「そうだよ。…… 生きてたんだよ。」 口角が上がっている時の、綾人の声。少し震えている。視覚が遮られていると、こんなにもはっきりわかる。それはまぎれもなく、死んだと報じられた恋人の声だった。 「綾人…… 」 暗闇に目が慣れると、廊下の奥に立つ人の姿がだんだんと見えるようになった。廊下を歩み寄ると、より明確に。 そこに立つのは、昨日と同じ「ナギサ」の姿だった。 「気づいたんだね、和臣。…… ごめんね。」 何を謝っているのだろう。綾人が謝ることなどなにもないのに。 視覚が戻ると、声と口調が綾人でもナギサと話している気になる。頭ではわかっているのに、意識が視覚に引きずられる。 和臣はナギサの腕にそっと触れた。 ―― 大丈夫、(さわ)れる…… そのことにホッとして、ぐっと引き寄せ強く抱きしめた。腕の中におさまるナギサの身体は、細身だった綾人よりもさらに細い。けれど、顎に当たる頭の高さも、その首を傾ける角度も、記憶にある綾人そのものだった。 「なんで、こんなに痩せて……っ」 綾人が和臣の腕の下から、そっと腰に腕を回す。その遠慮がちな動きが、たまらなく懐かしかった。 「うん、ごめん…… 」 二人はそのまま、暗い廊下で立ったまま抱き合った。

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