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月曜日の夜(3)
和臣が玄関に戻ってブレーカーを戻す姿を、綾人は不安な気持ちで見ていた。
急に明るくなった部屋に、思わず顔をしかめる。ゆっくり目を開けると、視界に映った和臣は、仕事でトラブルを抱えていたときのように難しい顔で俯いていた。
見られていることに気づいて曖昧に微笑んだ彼に促され、ソファに並んで座る。綾人は一度腰を下ろしてから、少しずれて和臣との隙間を埋めた。
和臣は、二人の腿が触れている部分をじっと見ている。
「…… どうしたの?」
綾人が聞くと、彼はすっと目を逸らした。
「いや…… 」
綾人は和臣の言葉を待った。
「…… 今、考えていたんだけど…… 俺が言わないことで、綾人がずっとここにいられるなら、言わないでこのまま…… そういうのもありかなって…… 」
何を?
「ただ…… そうじゃなかった場合、ちゃんと話もできずに、突然…… なんてのは、つらいし…… 」
何が?
「だから、はじめに一つ、確認させてほしい。」
何…… ?
「綾人、今日どうやって家に入った?」
「え…… っ?」
綾人は完全に、意表を突かれた。
どうやって?どうやってって…… ドアを開けて、それで――
「俺はスペアキーを渡してないよな。おまえが2年前に持ってた鍵は、もう使えないはずだ。去年このマンションの鍵は、全戸ディンプルシリンダーに交換させられたんだ。俺が鍵をかけて仕事に行った後に、どうやって家に入ったんだ?」
言葉が出なかった。綾人には、どうしてもそこが思い出せない。
困惑して和臣を見つめる綾人の手を、和臣がぎゅっと握った。その手はとても、温かかった。
「もういい、わかった。…… じゃあ、違う質問をするから、落ち着いて、よく聞いて。大丈夫。手をつないでいて。」
だいじょうぶ。
綾人は和臣の温かい手を握った。そうしないと、不安に押し潰されそうだった。
「前に、弟さんとは、大学を中退してから一度も会っていないと話してくれたけど、その後、…… 最近、悠人 君と、会った?」
悠人と?
会った?
最近の綾人は、記憶をたどるのが苦手だった。えずいたりパニックを起こしたりしないよう、できるだけ過去の記憶を掘り起こさずに暮らすよう、施設で訓練したからだ。
「悠人とは…… 大学のキャンパスで会ったのが最後で…… 」
そう言った時、スーツ姿で黒髪の悠人の姿が綾人の脳裏をかすめた。
濃紺のスーツで、青いストライプのネクタイを締めていた。高校時代から茶色く染めていた髪は黒く戻していて、ああ、社会人なんだなと思った。上気した赤い顔で機嫌よく飲んでいて、一緒に――
「…… 会った。」
どうして忘れていたんだろう。
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