46 / 52

ほの明るいグレーに融ける(2)

腕がしびれるような感覚で、綾人は目を覚ました。 まだ薄暗い部屋の中は、カーテンの外から差し込む春の暁にやわらかく照らされている。 隣では和臣が、規則正しい寝息を立てていた。 眠る和臣の横顔も、逞しい肩も、ほの明るいグレーで。その世界を、綾人は美しいと思った。 不安から逃れるために、子どものように手をつないで眠ったのに、いつの間にかほどけてしまっている。 綾人はしびれたような自分の右手を見て、息をのんだ。 肘から先が消えてなくなっている。 慌てて毛布をめくり、裸の身体を確認した。右足の膝から下も消えていた。写真に写った手足をはさみで切ったかのようにぷっつりと、右手右足が途中からなくなっていた。 綾人は恐怖で叫びだしそうだった。残った左手で、毛布をぎゅっとつかんだ。右手はもう感覚もない。 胃液が上がってくる! そう思ったのに、自分の身体が妙に静かなことに気がついた。 不思議な感覚だ。内臓の重量を感じない。身体が軽い。夢の中で走るときのように軽く、息も上がらない。自分の鼓動を感じない。 ーー そうか。もう心臓がないのか。 そう思ったら、急に全身の力が抜けた気がした。 ーー そうかぁ…… 不思議と、穏やかな気持ちだった。 あいつに監禁されている時は、いっそ殺せよと言った。施設にいたときには何度も自殺を図ったし、そもそも和臣に会いに来たのだって、死ぬ気だったからだ。 ーー いまさら死にたくないなんて、そんな都合のいい話、ないよな。 やっぱり自分は死んでいたんだ。和臣は信じないと言ってくれたけれど、そうでないと説明のつかないことがいくらでもあった。 この3日間こそが、奇跡だったんだ…… 綾人は和臣の寝顔を見た。 よく寝ている。 和臣はいつも疲れていて、寝起きは不機嫌だ。今となってはそれも愛しい。 このまま黙って消えようか。 朝になったら消えていなくなっていた、そういうラストはよくある。 残された方は飛び起きて、いなくなった者の名前を呼びながら家中を探したりするんだ。そして慟哭。誰もが彼もしくは彼女に同情する。 でも。 消える方の人がその間際に何を思っていたかなんて、考えたことがなかったな。 「生きてたんだよ。」 昨夜そう告げたときの、和臣の顔を思い出す。複雑な、なんとも言えない表情だった。暗闇の中なのに、どうしてはっきり見えるのか不思議だったけれど。 生きてたの死んだのと、同じ苦しみを無駄に何度も与えてしまった。 ーー ごめんね…… 「…… 和臣。」 耳元で、ささやくように声をかける。 和臣が泣いたり取り乱すところは見たくないけれど、せっかく与えられた奇跡なら、言うべきことを言って、ちゃんとお別れをしたかった。 「和臣、ごめんね。オレもう、行かなきゃいけないみたい…… 」

ともだちにシェアしよう!