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エピローグ(1年後)
待ち合わせをした花屋の前に、彼女は先に来て待っていた。
黒いコートの下にグレーのスーツを着ている。服装に迷ったけれど、自分もスーツで来てよかったと、和臣は思った。
「お待たせしてすみません。」
そう言って店に入ると、
「お花が好きなので、早く来すぎてしまいました。」
彼女は悠然と微笑んだ。代議士の妻という立場からか、公人のような雰囲気がある。凛とした立ち姿、落ち着いた声色、安定した微笑み。人に見られることの多い女性だからこそ身についた所作が、彼女を一層美しく見せていた。
あまり似てないな、と和臣は思った。この女性がかつては部屋着で名木佐の家にいて、年の離れた弟たちと遊んだりけんかしたりしていたなんて、まるで想像がつかない。
「店長さんとお話ししていたら、さすがにお詳しいのでお任せで作っていただこうかと思ったのだけれど、いかがでしょう?」
綾人の姉、時佳 がそう言うと、少し離れたレジに立つエプロン姿の店長が、和臣たちの方に控えめな笑顔で会釈してきた。
「お願いします。」
仏花の知識など和臣にはない。ここはプロに任せるべきだろう。
先日、名木佐家ゆかりの寺で、一周忌の法要が行われた。参列できる立場にないのは分かっていたし、たとえ声がかかったとしても遠慮していただろう。そういう仏事に特別意味があると思えるような育ち方はしていない。
それでも、時佳から個人的に連絡をもらい、お墓だけでもお参りいただけませんかと誘ってもらったときには、素直にありがたいと思った。
和臣が初めて時佳に会ったのは、事故後に綾人たち負傷者が搬送され、入院していた病院の受付だった。
カミングアウトして勘当された時、年の離れた姉からも早く家を出ていくように言われたと綾人から聞いていた。そのため和臣は気後れしたが、意外なことに時佳は和臣と綾人の関係に理解を示し、微妙な立場と心情を斟酌してくれた。
よほど多忙なのだろう、和臣が時佳に会うのは連絡先を交換したその時以来、今日が初めてだった。
「仏さまが若い男性の方なら、菊よりもカーネーションの方が喜ばれるかもしれませんね。ちょうど早咲きのきれいなアイリスが入りましたから、さわやかなお仏花になりますよ。」
店長はそう言うと、ガラスケースの中から花を選び取り、慣れた手つきで三色の花束を二つ作って透明なセロファンで包んだ。
お喜びになるかもしれませんね。
まるで生きた人間にプレゼントするような言い方だ。実際、できあがった花束は和臣がイメージする仏花とは違い、花瓶に入れて部屋に飾っても違和感のない組み合わせだった。
「素敵。…… あの子も好きそうだわ。」
時佳はそう言って、少し寂しそうに笑った。
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