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エピローグ(2)
花屋から墓所までは、タクシーで10分の距離だった。時佳の先導で、墓の間の小径を進む。
墓参りのときにいつも思うのだが、どうして墓所には番地や名簿がないのだろう。墓石の場所を知っている誰かに案内してもらわないと、大切な人の墓参りもできない。
和臣は次に来るときのために道順を覚えようとしたが、本堂に寄ったり水桶を借りに行ったりしたために、すっかりわからなくなってしまった。
綾人の祖父が建てたというお墓は、立派なものだった。大きな墓石には、名木佐家代々の墓、そう刻まれている。
法要のときに供えられたのだろう仏花は、豪華なものだったことがうかがえるものの、しおれかけて小菊はみなうなだれていた。
時佳は迷いのない手でそれを引き抜くと、黒いバッグから取り出したビニール袋にまとめて入れる。
「今日のお花の方が、ずっと悠人 に似合うと思うわ。」
手際よく花立てを掃除しながら、時佳は言った。
「あなたもそう思うでしょ、綾人。」
振り返って弟に同意を求める。
和臣の隣で、黙って仏花のセロファンを外していた綾人は、「そうだね。」と微笑んでから和臣に目配せをした。
姉さんの言葉には、反論しても無駄なんだよ。
以前綾人がそう話したのを思い出し、和臣は息だけで小さく笑った。墓前で不謹慎だっただろうか。会ったことのない恋人の弟に、内心で詫びる。
新しい仏花と線香を供え、墓前に三人並んで手を合わせた。
線香の煙が、白く細く、春の空に上ってゆく。
ふと見ると、隣に立つ綾人はまだ合掌している。和臣は綾人の整った横顔を見つめた。小鼻に少しだけ、ピアス跡のくぼみが残っている。
綾人が一番最後まで、長く長く、目を閉じて手を合わせていた。
あの朝、和臣の前から消えた綾人は、病院のベッドで目を覚ました。
三日間意識不明で生死の境を彷徨った綾人は、身体中チューブと包帯だらけだった。顔の大部分を包帯で巻かれ、声も出せなかったが、点検に来た看護師がすぐに異変に気づいて医師を呼んだ。
綾人はイエス・ノーを指を動かす回数で表すように指示され、わかる・わからない、痛い・痛くないなどの問診を受けた。そしてすぐに、自分が悠人と間違えられていることに気づいた。
死亡したと報道された自分が生きていて、悠人だと思われている。
綾人は、時間をかけてゆっくりそのことを考えた。
まもなく連絡を受けた父親がやってきて、「悠人」の意識が戻ったことを泣いて喜んだ。
遺体の身元確認をしたのはこの父だ。
綾人と悠人は子どものころからよく似ていると言われて育った。そのうえ、事故に遭ったときの二人の外見は、父のイメージする姿とちょうど逆になっていた。金髪でピアスをした綾人と、黒髪の悠人。社会人になった悠人は寮に入っていると言っていたし、多忙な父親とはほとんど会っていなかったのかもしれない。
傷だらけで包帯に巻かれ、意識のない状態の息子たちを見分けるのは、想像以上に難しかっただろう。
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