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第2話 -1

 ドンドンドン。扉を叩かれる音で目が覚めた。 「あそびにきたぞ、カイ!」  そこにはやたら偉そうに仁王立ちをしている晃がいて、カイは眼鏡をずらして目を擦る。やっぱり晃だ。 「晃、幼稚園は」 「どよーだからない」 「お父さんは」 「しごと」 「……ごめん、俺今起きたばっかだから他のお友達と遊んで」 「とっつにゅー! カイのうちせめー!」 「ちょっ、勝手に入っ、あああそれ触んな!」  子供は元気だ。本当に元気の塊だ。しかもまだ午前だからエネルギー切れも起こさない。  正直今すぐ追い出して平穏な二度寝を楽しみたいのに、それとなく帰るよう告げても晃は全くそれに応えず居続けた。カイも観念して心なしか昨日より元気の良い晃の相手をしたりしなかったりする。 「カイ、なにしてんの?」 「ん? うん……お前んとこのお父さんに電話しなきゃなって思って。晃がここにいる事龍崎さんは知らないだろ?」  龍崎は晃に昼食を食べさせる為十二時頃になったら一旦家に戻って来るらしい。晃がいなかったらきっと心配するだろう。  けれどカイは携帯電話に番号を打ち込んでは固まりリセットされた番号を再び打ち込んでは固まりを繰り返してかれこれ十分以上経っている。 「……晃、自分で電話しな」 「んー」  カイは自分の情けなさに項垂れた。  まるみのあるフォルムの携帯電話を耳に当てた晃は、もしもしとーちゃん?と電話越しに話し掛ける。どうやら繋がったようだ。 「カイ、とーちゃんが代われって」 「お、おう」  ずい、と突き付けられる携帯電話を受け取る。緊張しながらそれを耳に当て、電話越しの声を聞く。 「はあ、いえこちらこ……え? あっ、ちょっと待ってくださ」  切れた電話をカイは呆然としながら見下ろす。晃は不思議そうに大きな目を瞬かせ何事かと首を傾げた。 「龍崎さん遅れるから二人で先食べててだって……」 「やったー! カイとごはんー!」  ぴょんぴょんと跳ねる晃。そんな晃とは逆にカイは頭を抱えた。 (俺に何つくれって言うんだ?! 一人暮らしったって簡単なのしかつくれねーぞ)  はあ、と深く溜息を落とす。しかも食材もないものだから晃を連れてスーパーへ行き、悩んだ末失敗の少ない焼きそばをつくろうと材料をカゴに放り込んだ。  そうして人参が少し固い焼きそばが出来て食べ終わる頃、玄関からインターフォンの音が響く。 「ただいまー! なんちゃって」 「お疲れ様です、龍崎さん。早かったですね」  自宅には寄らず会社からそのまま来たのか龍崎はスーツのままだ。皮肉で返すとそれに気づいていないのか、頑張りましたえへんと胸を張られた。 「南君、急にすまなかったね。これ、ケーキ買って来たんだ」 「ケーキ?」  ずいと突き付けられた袋の中には白い箱が入っていて、珍しげにしげしげと見つめていると龍崎の顔が近寄り覗きこまれてびくりと身体を引いた。 「な、何ですか」 「ごめん、もしかして甘いの苦手だった?」  しゅんと眉を下げる龍崎にカイは慌てて首を横に振る。 「違います。ケーキなんて何年も食べてないので久々で……あの、これもしかして俺も食べて良いんですか?」 「何言ってるの。その為に買って来たんだよ? 三人で食べようね」  おかしな事を言う子だなあと龍崎はくすくすと笑ってカイの頭をぽんぽんと撫で、カイの横を通り過ぎる。  カイはぎょっとして目を見開いたまま固まっていた。後ろからは龍崎と晃の陽気な声。 (俺、大学生って言ったよな。晃と同レベルだと思われてるんだろうか……)  背は低めとはいえ成人済みの野郎の頭を撫でる意味が分からない。撫でられた所がこそばゆく、悔しいような恥ずかしいような複雑な心境だった。  それにしても部屋が狭い。カイの部屋はカイと晃が自由に過ごせるスペースはあってもここから更に大の大人が加わるとなると話は別だ。  一人は子供とはいえ男三人が小さなテーブルを囲み寄り添うというのも絵面的に何とも暑苦しい。女ならいいとかそういう問題でもないしそれもあり得そうに ない事なのだが、そういえばこの部屋に誰かが来る事自体初めてだという事に気づいた。しかも一緒に遊んだり食事をしたりしている。  カイの視線の先では晃が龍崎に焼きそばを食べさせ楽しそうに笑っている二人の姿が見える。  目の前で起こっている事なのにそれがとても非現実的な事のようで、まるで夢を見ているようだと思った。 (あ、何か、やだな)  胸の奥がしくりと痛む。  入れないと思った。  幸せな親子。それでもう完成されてしまっている。関わりなんてないに等しい自分がそこに加わるのはおかしい事のように思えた。  例えば二人との間に透明な壁があったとして。  自分はそれをわざわざ壊す気にはならないし、扉のつくり方だって分からない。  いつもそうだ。友達同士出来上がった集団。グループが出来てしまえば今更入っていくなんて難儀だ。億劫だ。  友達というものに少なからず憧れや嫉妬はあったけれど、一人でいる事に慣れるとその気楽さに甘えてしまう。インターネットを繋げば話し相手にも困らない。  だから自分からこの状況を選んだのに物足りないと思うのはただの我儘だ。

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