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第3話 -1
「遊園地、ですか?」
龍崎に渡されたチケットにはマスコットキャラらしい不思議な生き物とアトラクションのイラストが描かれている。
その日は鍋をするからと龍崎家に呼ばれ、食事を終えた後晃を寝室で寝かせて龍崎と二人酒を飲んでいた。
とは言ってもカイはあまり強くない。テーブルの上にはカイが少しずつ飲んでいるチューハイの缶と龍崎の缶ビール、そしてつまみの豆が置かれていた。
「そう、取引先の人に優待券貰ってね。良かったら今週末どうかな? たまには晃と三人で遊びに行こうよ」
ね、と期待の眼差しにカイはうっと言葉が詰まる。
「今週末は、ちょっと」
おずおずとチケットをテーブルの上に置き、龍崎の方へ滑らせる。
「じゃあ来週末なら平気?」
「来週末も、その、用事が」
「用事って? カイ君、うちの晃が行くと高確率で部屋にいるよね」
どきりとする。さり気なく酒を飲む振りをするも実際にはぎこちなく、咽喉を通り過ぎた酒に噎せる。頭がくらくらした。
「と、図書館。そう、図書館に行くんです。そろそろレポート纏めないとなので」
「それ平日でも出来るよね?」
「いや、その、あれは週末じゃないと駄目なんです。と……友達と、約束してるので」
「カイ君友達いたの?」
ずきずきと痛む心臓は悪気はないであろうその言葉で粉々に砕かれた。
「いないです……嘘吐きました。ごめんなさい。どうせ俺は友達いないですよ」
「ご、ごめん! 傷つけるつもりじゃなかったんだけど!」
項垂れていると肩を掴まれ謝られる。あまりにも惨めで消えてしまいたくなった。
「ねえカイ君、もしかして無理してない?」
「はい?」
何を、とちらりと視線を上げて息を呑んだ。龍崎は悲しそうに微笑んでいて、初めて見るその顔にズキリと胸が痛む。
「僕は君と仲良くなれたと思ってるんだけど、君はそうじゃないなら無理して僕らに付き合う事はないよ。晃を追い払い辛いなら僕からよく言っておくし、距離を置いた方が君の為にも、」
「まっ、待ってください! 別に俺はそんなつもりじゃ……!」
ぐっと息が詰まる。ならどうして、と問いたげな龍崎の視線に絡め取られる。優しいのに目を逸らす事を許されないその強い眼差しに、観念したように息を吐いた。
「俺、そういう賑やかな場所は苦手なんです。誰かと約束してどっか行くのだってすごく緊張するし、ここに来るのだってまだ慣れないんですよ」
こんな事いつもなら恥ずかしくて言えないのに、アルコールが回っているせいか思っている事がすらすら出てくる。カイはぎゅっと唇を噛むと再び酒を煽った。
「僕らの事が嫌いな訳じゃない?」
「嫌いではないです。そりゃ晃はガンガンうち来るしかったるいなって思う事もあるけど、疲れるけど、でもしょうがないじゃないですか」
本当によく回る口だ。後で後悔するって僅かに残っている理性が訴えかけるのに、龍崎が子供を相手にするようにうんうんと穏やかに聞いているものだから止まるものも止まれない。聞き上手か。
「しょうがないか」
「そうです。しょうがないんです。晃は勝手にやって来るし、龍崎さんも俺に構うし……俺はつまらない人間なのに、何で俺なんかといて楽しそうにしてるのか、分からないよ」
缶を持つ手に力が篭る。ああ、話し過ぎたかもしれない。余計な事まで話してしまったとじわじわと後悔が迫って来る。
(俺、嫌な奴だ)
何て鬱陶しいのだろう。それにこんな言い方をしたら、まるでそんな事はないと言わせようとしているみたいだ。
すると急に頬に痛みを感じた。
「……りゅ、龍崎しゃん?」
「『なんか』とか言わない。僕、そういうの嫌いなんだ」
笑いながらぎゅうぎゅうと頬を抓られる。滅茶苦茶痛い。
ごめんなさいと頬を伸ばされながら謝ると頬は解放されたがじんじんとした痛みは暫く続いた。
「誘って悪かったね、遊園地はやめよ。その代わり新しいプリンタ買いに行きたいから今度見るの手伝ってね」
「まあ、それ位だったら」
「約束ね」
ふふっと笑う龍崎の笑みが思わず移る。
気がつけば結局龍崎のペースだ。
「飲み直そっか。それもう温いでしょ? カイ君用にうっすい梅酒つくってあげる」
「あ、俺自分でやります」
ひょいと手の中の缶を取り上げられ腰を上げる。
けれどキッチンへ行こうと棚の前を通り過ぎようとした時、足元に置かれた本に躓きべしゃりと転んだ。
「カイ君大丈夫?!」
「だ、大丈夫です。すみません、本が」
慌てて辺りに散らばった本を掻き集める。よく見ると新聞や雑誌も混ざっていて、それらを手早く積み重ねていると棚の下にまで滑り込んでいる事に気づいて手を伸ばした。
「うわっ」
引き抜いて驚く。巨乳を剥き出しにした女性が目を引くそれは明らかにいかがわしい方の雑誌だった。思わず驚いて落とすと、龍崎がひょいと拾い上げる。
「はは、隠してたのに見つかっちゃった。恥ずかしいね」
「隠すなら子供の手の届かない場所にしてください。ここじゃあ晃が遊んでる間に見つかりますよ」
えへへと照れている場合ではない。隠し方が親にばれないようにとベッドの下に隠す男子中高生と大差ない。
それもそうだな、と理解してくれたらしい龍崎はそれを仕舞う所か何故か目の前に置いてぱらぱらと開き出す。
「カイ君はどんな子がタイプなの? 清純系? それともセクシー?」
「ええ? 急にそんな事言われたって……りゅ、龍崎さんこそどうなんですか」
「僕? んー、胸が大きくて清純な子なんか好きだけど、エッチで積極的な子も好きだよ」
カイも男だ。そういう雑誌も持ってはいる。持っているが、この雑誌程過激ではない。
龍崎が平然としてページを捲るその雑誌はカイにとって刺激が強過ぎた。しかも、こういうのもあるんだけどねと新たに出てきた雑誌はSMもので非常に濃い。
「カイ君ってもしかして女の子とシた事ない?」
「へっ?! やだなあ龍崎さん、何言ってるんですか」
「そうだよね、もう大学生だもんね。済んでるよねえ」
あははごめんね、と言う龍崎にいえいえと手を振る。
本当は済んでいないのだけれど。
すごいですねーなどと言いながらぱらぱらとページを捲る。男としてはこういう話にも乗っておかなければいけない気がした。
(龍崎さんって、実際でもこんな激しい事するのかな……)
意外だなんて思ってしまったのは龍崎に優しい父親像のようなものを重ねてしまっているせいか。龍崎の性癖を覗き見てしまったようで気まずさを覚えた。
そろそろこの話から離れてもいいかと思った頃、ページを捲る手が止まる。龍崎が覗き込み、ああと口を開いた。
「ドライオーガズム、興味ある?」
「いや、何だろうって思って」
聞いた事はあるが詳しく調べた事はなかった。ドライオーガズムとは射精を伴わないオーガズム、つまり性的興奮の絶頂の事のようで、そこにはそのやり方が載っていた。
「すごく気持ち良いよ。普通の射精とは比べ物にならない位」
「龍崎さんやった事あるんですか?」
驚いて顔を上げると、龍崎は好奇心旺盛なんだよねと曖昧な返事をする。つまりはやったんだな、と思った。
「カイ君、やってみる?」
「えっ」
「ただのマッサージだよ。大丈夫、ゆっくりするから」
ね、やってみようか。
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