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第4話 -1

 二人と出会う前は深夜まで起きてゲームをしたり動画を見たりする事が多く、午前授業がなければどっぷり昼まで寝るというだらしのない生活を送っていた。 春期休暇に入ると拍車がかかり、最低限の外出しかしなくなる。バイトはいつも続かないし、次のバイトを探す気力も湧かずだらだらと惰性で過ごしていた。  そんな中晃が飛び込んで来た。ほぼ毎日凝りもせずやって来て無邪気な笑顔を振りまく晃を見ていると、閉鎖的だった胸の内が少しずつ開かれていった。  晃と遊んで、夕方になると一緒に買い物に行って龍崎の家に行く。そしてご飯をつくって、龍崎が帰って来ると三人テーブルを囲って頂きますをする。晃に強請られて一緒にお風呂に入ったり泊まったりする事もあった。  それまでアパートとコンビニ、スーパーを時々往復するだけだったのに、そこに龍崎の部屋が増えた。晃と手を繋いで近所を散歩し、公園に立ち寄る事もある。近所の人や公園にいる母親達と挨拶を交わすようにもなった。  体力を使うから遅くまで起きている事も殆どなくなり、必然的に生活リズムは規則正しいそれとなる。ゲームをする回数は減り、暇が出来ればレシピサイトや求人サイトを眺める事が増えた。  そんな日々の中、とても懐かしい夢を見た。  右手に母親、左手に父親。三人並んで歩いている。  けれど見上げても顔だけは靄が掛かったように見えなくて、どんな顔をしているのか分からない。  思えば両親が喧嘩ばかりしていたあの頃、母はいつも怒っていたし父は疲れた顔をしていた。  親の顔を見るのがしんどくなったのはいつからだったろう。  そして繋いでいた筈の手がいつの間にか空いていて、二人共いなくなっている事に気づく。  その途方もない孤独感に爪先から冷えていった。凍えていく。寒い。  息が、苦しい。 「――ッはぁっ!」  がばりと跳ね起きる。げほげほと咳き込み、ぎゅうと胸元を掴んだ。 (親の夢なんて、久々に見た)  浮き出た汗を拭い、よろけながら布団から這い出る。  時計を見ればまだ八時にもなっていない。水を飲み心臓を落ち着かせると、今日が土曜日だという事に気づいて瞳を細める。今日は朝から晃が来るかもしれな い。お昼は何を食べさせようかなどと冷蔵庫の中を確認しながら考えていると、思わずあっと呟きその必要がない事を思い出す。 (晃、今日はいないんだ)  三月も下旬に差し掛かり、幼稚園を卒園した晃は地域の子供会のイベントで一泊二日の旅行へと旅立っていった。  この頃には半同居の如く龍崎家で夕飯をつくり食べるのが定番となっていた為夕飯を自分の部屋で取るのも丸一日晃と龍崎の顔を見ないのも久し振りだ。  二度寝をしようにももう目は完全に覚めてしまった。仕方なく牛乳を一杯飲み朝食代わりのバナナを食べる。  暫くゲームをしてみたが、つまらなくて結局やめた。狭い部屋だというのに妙に寂しくて、昼過ぎになると部屋にいても仕方ないと厚手のパーカーを羽織って外に出る。  龍崎家の部屋の窓はカーテンでぴったりと覆われている。龍崎もまた晃の同伴で不在だ。 (暇だな)  行く当てもなく自転車でぶらぶらと彷徨っているとショッピングセンターが目に留まり何となくそちらへと方向を変えた。  流石週末だけあって建物の中は混み合っている。静かな場所よりこの位騒々しい方が気が紛れるかと思ったが、その判断が正しかったのかどうか。  小さな男の子を連れている家族連れを見掛けると龍崎達を思い出した。きっと母親が生きていたら彼らのように休日には家族で出掛けたりして幸せな家庭を築いていたに違いない。 (あ、この曲良いな)  音楽ショップで視聴していたカイは、初めて聴くバンドの歌に興味を引かれた。曲調が少し『ネル』に似ているだろうか。音も声もすごく良い。 (龍崎さんも好きかな)  ふふ、とほくそ笑んではっとする。 (毒されてんのかな、俺)  あまりにも龍崎達といるから、こうやって一人でいても彼らを思い出す事が多い。無性に恥ずかしくなってヘッドホンを外し足早に店を去る。  すると足元に何かがぶつかって来た。 「あっ、」  ぼてんと子供の身体が転がる。しまったと思い駆け寄ると、二歳程の幼女は驚いたのか泣き出してしまった。 「ごめん、痛かった? ごめんね」  子供のあやし方なんて分からない。晃はあまり泣かないし、こんなに小さくもない。  どうしようと途方に暮れ、親はいないのかと辺りを見渡す。 「さくら!」  背後から近づく気配にほっとした。ああ、やっと親が来たか。そう思って振り返り、ぎくりと硬直する。 「え……カイ……?」  そこに立っているのはカイの父親だった。  驚いた顔をした父は、カイと幼女とを見ると顔を険しくさせて幼女を奪うようにカイから引き離す。 「何してた?」 「え?」  何してた、なんて。何を言われたのか把握出来ずに呆然としていると、父は幼女を抱きかかえ何でもないと気まずそうに顔を背ける。 「まあ、カイ君じゃない。久し振りね」 「あ……、さゆりさん。ご無沙汰してます」  ひょいと父の後ろから顔を出したその人は嬉しそうに笑っている。膨れた腹に手を当てながら。 「……ッ、」  ぐっと胃がせり上がるかのような吐き気に襲われ口を手で押さえた。ぞわぞわと気持ちの悪い悪寒が駆け巡り逃げるようにして駆け出す。  トイレまでもったのは不幸中の幸いだろうか。吐いても吐いても気持ち悪くて、咽喉に指を突っ込んで胃液が出るまですべて出し切った。  最悪だ。  朝の夢は予兆だったとでも言うのか。久々に見た父の怯えとも取れる目を思い出し唇をきつく噛み締める。  悲しくて、悔しくて、何も言葉にならない。

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