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第4話 -2
チャイムが鳴ったのは夜だった。
泥に沈むように横になっていたカイは起き上がるのが面倒で居留守を決め込む。今日届く予定の宅配便なんてあったっけとぼんやりとした頭で考えていると今度はどんどんと扉を叩かれた。
「カイ君? カイ君、いる?」
聞き慣れたその声に動揺が走る。
「何で」
いる筈がない。けれど彼しかいない。
カイはぎしりとベッドを軋ませ重い身体を起こす。身体に上手く力が入らず足が毛布に引っ掛かり変な落ち方をした。テーブルに身体をぶつけ物を落とし音だけは盛大に鳴る。
「カイ君?!」
バタン、と扉が勢い良く開け放たれ目を剥く。
ああ、鍵掛け忘れたのか。仰向けで床に転がったカイは妙に冷静な頭でそんな事を思い逆さに映る龍崎らしき影を見る。眼鏡を掛けていないからぼやけてよく見えないけれど、それでも龍崎だと分かった。
「大丈夫? 怪我してない?」
「龍崎さん、どうして……子供会は」
「子供会? ああ、僕は行かないよ。抜けられない仕事が入ってたし、あっちも間に合ってるから」
そうだったのか。そういえば龍崎自身が行くとは言っていなかったかもしれない。きっと親戚の誰かが行ったのだろう。
起きれるかい、と支えられながら身体を起こす。龍崎の掌がぺたぺたと頬に触れ、外にいたせいか初めは冷たいのにじわりと伝わる熱が心地良くてそっと目を閉じた。
「顔色が悪い。寝ていた方が良いね」
龍崎の手が離れる。
(あ――)
温かい熱が離れると途端に頬は冷たくなった。
唐突に訪れる心細さに胸が締め付けられる。
抱きかかえられ、ベッドに横たえられる。しがみ付いてしまいそうな衝動を堪えて身体が震えた。
甘えてはいけない。
そう思うのに手を伸ばしてしまいそうで、駄目だやめろと腕に爪を立てる。
「いつもありがとね」
「え?」
爪を立てていた手が浮かされぎゅうと龍崎の両手で包み込まれる。
ばれたのかとさっと青ざめた。
「カイ君優しいから、晃も僕もつい甘えちゃうんだ。でも僕これでも年上だからさ、少し位は頼りになるかもよ?」
優しく微笑まれ、じわっと目の奥が熱くなる。
ああ、何て温かい人なのだろう。
その心も、掌も。ほっとするような熱が伝わって冷えて固まってしまったこの心を解していく。
カイは蹲りふるふると頭を横に振って違うんですと呟く。
「俺は優しくなんかない。ずっと一人で良かったんだ。龍崎さんも晃も、俺なんかには勿体ない……俺に優しくする必要なんて、ないんだ」
声が震える。
睫毛が濡れて、視界がぼやける。
「またそんな事を言う……。前にも言ったでしょ、そんな事言うもんじゃない。嫌いになるよ」
その言葉にびくりと肩を揺らす。
けれど、ああ、それが本来あるべき形だと思った。
「嫌いになっても……」
「良いの?」
ひくりと喉が引き攣る。
嫌われても仕方ないと思っていた。
好かれなくていいと思っていた。
でも今は、この人達に避けられるのが一番怖い。
「嫌、です」
晃も龍崎も、いつの間にこんなにも好きになってしまったのだろう。好かれたいと思ってしまったのだろう。
涙がほろほろと零れて布団に染みをつくる。
「良かった」
目元に口づけられ、驚いて目を剥く。
龍崎はくすりと微笑んで優しくカイの涙を拭き取り、そっと唇にキスを落とした。
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