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第5話 -1
「何かあったの?」
龍崎が入れてくれたホットミルクを両手で包むように持ったカイは、きゅっと眉間に皺を寄せる。
「言いたくないなら言わなくて良いけど」
「いや、大丈夫です。きっと今じゃないと……龍崎さんでないと、多分言えない」
がしがしと頭を撫でられ、うわっと声を出す。良しと頷く龍崎はにまりと満足気に笑っていて、もしかして自分は恥ずかしい事を口にしたのではないかと顔が熱くなった。
躊躇うのは嫌われてしまうのではないかと恐れるからだ。
けれど受け止めようとしてくれているのが伝わるから、それがどうしようもなく嬉しい。
「今日、偶然父と会ったんです。娘と奥さん連れて……」
「『娘と奥さん』? 妹と母親じゃなくて?」
「うち、親の仲が悪くて俺が中学の時に離婚してるんです。今では再婚してその女性との間の子供もいるんですけど、俺にとってさゆりさんは父の新しい『奥さん』でしかなくて、子供も俺はずっと家に帰らなかったから初めて会ったんです」
新しい家庭はカイには到底受け止めきれるものではなかった。
恋人なのだとさゆりを紹介された時はまだ良かった。再婚すると聞いた時感じたのは諦めにも似た絶望だ。
「さゆりさんは優しかったけど、お互い接し方が分からなくてうまくいかなかったんだ。父には何で仲良くしてやらないんだって責められました」
「それは無理もない。新しい母親が出来たら子供は複雑だろう」
龍崎の援護にカイは首を横に振って自重めいた笑みを浮かべる。
「もっとうまくやるべきだったんだ。でもそんな器用な事俺には出来なかった。どうすれば相手の気に障らず喜ばせられるのか分からないし、良かれと思ってした事もすべて裏目に出そうで怖かったんです」
「カイ君は頑張り屋さんだね。優しくて思いやりのある良い子だ。君のご両親も口では言わなかったとしてもきっと君が自慢だったろう」
ぽん、と頭を撫でられる。
ずきりと胸が軋む。お世辞でもそれは受け取ってはいけない言葉のようで、苦しさに胸が閊えた。
そうだったら良かったんですけど、と言うと龍崎は怪訝そうに首を傾げる。
「母は俺が嫌いでした。喧嘩ばかりする二人の仲を取り持とうと余計な事ばかりする俺が気に入らなくて、ご機嫌取りが気持ち悪いとも言われました。離婚が決 まった時当然母は俺を父に押しつけようとしましたが、父は父で困ると言って口論になっていたのを俺は聞いてしまって。だから俺は二人にとって邪魔でしかな かったんです。勉強もスポーツも人に自慢出来るものじゃなかったし」
人との付き合いが苦手になったのも親に否定されて育ったせいかもしれない。母親は特に約束を守らない人だったから、遊園地やデパートへ行こうと言われても当日になってやめる事や両親が揃わない事はよくある事だった。
だからそうしたトラウマから賑やかな場所には良い思い出がないし、人との約束事も直前になって反故にされるんじゃないか、待っても来ないんじゃないかと悪い事ばかり考えてしまう。
龍崎の表情が曇っていくのが分かるから、へらりと笑ってみせた。無理につくったせいか顔の筋が痛い。
「何で笑うの」
「え?」
ぶに、と頬を抓られて呆然とする。
ぱちくりと目を瞬かせると、龍崎はむっと顔を顰めた。
「そんな酷い親なら怒って良い。愚痴でも何でも、吐き出せるものは吐き出しとけ。カイ君は何も悪くないんだから、自分を責めるな」
全部聞いてやるから。
そう言って龍崎はビールを煽る。カイはぽかんと口を開けたままそんな龍崎を見つめ、顔をくしゃりと歪める。
「カッコいいなあ、龍崎さん」
「そう? 惚れる?」
「惚れる惚れる」
くすくすと笑ってカイも温くなってきたミルクを飲む。口の中に蜂蜜の甘さが広がった。
カイはほうと息を吐き、残り少ないミルクの水面を見つめる。
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