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第5話 -2

「龍崎さんみたいな人がいたら良かったな。こんな話出来る相手なんていなかったから、溜め込んで溜め込んで……そしたら、最低な事を、」  マグカップを握る手が震える。するとそこへ龍崎の手が重なった。その大きな掌の熱に胸の奥が熱くなる。  目を閉じれば今も昼の情景がまざまざと浮かぶ。 「大学受験を控えていてストレスが相当溜まってたんだ。さゆりさんはその時お腹に赤ちゃんがいて、俺……気づいたら、階段の上からさゆりさんの背中押そうとしてた」  あの時何故そんな事をしようとしてしまったのか、自分でも分からない。  運良く父に呼び止められたから最悪の事態は免れた。けれどそうでなかったら。 「何だ、未遂なら良いじゃないか」 「良くないですよ! 俺は絶対にやってはいけない事をしようとしてたんです。だから父は今でも俺を許しちゃいない」  二年振りに会った父はあの時と同じ顔をしていた。戸惑いの中に怒りと怯えが混ざった、到底自分の子供に向けるものではない表情。 「二人目が生まれる事は一応知らされてました。でもいざ妊娠してるさゆりさんを目の前にしたらあの時の事が思い出されて……怖い」  俯き絞り出すようにか細く零れ出た言葉は擦れて消える。  早く家を出たくて堪らなかった。そして家を出たらもう帰るつもりはなかった。  過ちを忘れ、自分抜きに成立している家族の中に平気で入っていける程この神経は太くない。  自分には家族はいない、いらないのだと言い聞かせて自分から出ていくのがやっとだった。  拒んでも送られてくる毎月の仕送りはまるで帰って来るなと言われているようで、そんな風に考えてしまう自分は本当に捻くれていると思う。 「カイ君……」  龍崎の腕が伸びさらりとカイの髪を掻き上げる。そうする事で隠れがちだった顔が露わになりカイは惨めさに眉を寄せた。 「やっぱりカイ君は良い子だね。おじさん守りたくなっちゃうな」 「龍崎さん、俺の話聞いてました?」  勿論だよ、と龍崎はきりっとした顔で頷く。 「カイ君のそれは事故みたいなものだよ。はっきりとした悪意があった訳でもない。僕は本気で何人か殺し掛けた事あるけど気にしてないもの」  あまりにも何でもない事のように軽く言ってのけるものだから内容の重さに気づかずスルーしかけて耳を疑う。今、殺し掛けたとか言わなかったか。 「え? え、どういう意味ですか、それ」 「そのままの意味だよ。恥ずかしいからあまり大きな声じゃ言えないんだけどね、若い頃弟と喧嘩してうっかり殺し掛けた事とかあるよ。あと晃の夜泣きが酷くて当時住んでたマンションのベランダから落とそうとしたりね」  若かったなあ、と照れながら答える龍崎にカイは反応に困る。それが冗談なのか本気なのか定かでないが、いつまでも引き摺っている自分が下らなく思えてきてすとんと肩の力が抜けた。 「龍崎さんでもそういう事あるんですね」 「あーもうやめよやめよ、ほんと恥ずかしいから。この話は終わり、もう寝よ」  龍崎はそう言うとカイのベッドに上がり込んで「さあ」とシーツを叩く。 「龍崎さんここで寝るつもりですか?」 「え、駄目? もう遅いし一緒に寝ようよ」 「うわ、狭……ちょっ引っ張らないでください。牛乳零れる!」  疲れ果ててしまったのもあって早々に抵抗するのをやめ、マグカップをテーブルに置くとスーツ姿のまま寝ようとしている龍崎に着替えを渡す。  着替えた龍崎はじっと自分の身体を見下ろしていて、大きめのサイズのものを渡したつもりだがやはり小さかったかと気にしていると龍崎は徐に袖を顔に当てた。 「カイ君の匂いがする」 「うわあああすみません臭いますか?! 一応洗った奴なんですけど!」 「冗談だよ。残念」  残念とはどういう意味か。  からかわれたのかとむっとしているとにこりと微笑んだ龍崎に顔を覗き込まれる。 「良かった、ちょっとは元気になったかな」 「……お蔭様で」  何だか気恥ずかしくて立ち尽くしていると、早く早くと布団の中へ誘われる。宿主はこちらなのだが。  おずおずとベッドの端に入るとそんなとこにいると落ちるよと言われてぐいと引き寄せられた。龍崎の胸に顔を押しつけられる形になり驚いて頬が上気する。 「僕も晃も君が大好きだよ。だから離れていこうと思わないで」  貸した服は自分の物なのに息を吸うと龍崎の匂いがいっぱいに広がった。はいと頷くと抱き締められ、触れた所から龍崎の熱が伝わるような錯覚を起こす。 「もう一人じゃないよ」  はい、とまた小さく頷いて。  暗闇の中、また涙腺が緩んだ。

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