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第6話

「カイ君、ケータイと睨めっこしてどうしたの?」  えい、と龍崎に眉間を指で突かれてウッと呻く。無意識に顔を顰めていた事にやっと気づいたカイは眉間を擦りながら何でもないですと口を開いた。 「そうは見えないけど」 「カイなにみてんの? おれにもみせてみせてー!」 「あっ、こら晃!」  にょっと現れた晃に携帯電話を掴まれストラップが踊る。少し前までカイの携帯電話は何の飾りもない質素なものだったが、今はアンモナイトのストラップがぶら下がっていた。子供会に行って来た晃からの土産だが、どうやらサファリパークへ行って来たらしい。 「よめない。カイよんで」 「晃、これただのメールだから晃が聞いても別に面白くないぞ?」 「そうだぞ晃。それにこれはカイ君に送られたお手紙だから勝手に読んじゃ駄目。でもカイ君の反応は気になるね、何のメール? 迷惑メールとか?」  ぴしゃりと晃に注意した後視線を向けて来る龍崎にカイは否と首を振った。 「従弟ですよ」 「いとこ?」  首を傾げる龍崎に、これ位良いかとメール画面を見せる。龍崎の目は画面の中の文字を追った。 「『一人暮らしを始めたので住所が変わりました。良かったら今度遊びに来てください。カイ兄と会える日を心待ちにしています。手料理練習しておきます』……美波光? ヒカリ? ちゃん?」 「ヒカル君です」 「よんだー?」 「残念、ヒカルはヒカルでもカイ君の従弟君だって。晃と同じ名前だね」  えー、と晃は目を見開いて驚く。すごいなどとはしゃぐ晃が可愛い。 「随分好意的なメールじゃない。何を悩んでたの?」 「ひか……従弟は今年うちの大学に入って来るらしいんですけど、もう随分会ってなくて時々こうやってメールくれる位なんですよ」 「うん」  それで?と続きを催促する龍崎にううとたじろぐ。 「緊張するじゃないですか」 「成程、大学で遭遇するのが嫌なんだね。カイ君は本当に人との付き合いを嫌うねえ」 「そうじゃなくて!」  携帯電話をぎゅっと握り締め声を張り上げると、龍崎はきょとんと目を丸くする。パズルで遊び始めていた晃も顔を上げ、思いの外大きな声が出てしまったカイは恥ずかしくて気まずそうに俯いた。 「その、会ってみようかと思いまして。社交辞令かもしれないけど良い機会だし。俺達一人っ子同士で年も近いから、小さい頃はよく一緒に遊んだりもして、だから」 「カイ君!」  がばりと勢い良く抱きつかれてぎょっとする。 「えらいぞー!」  わっしゃわっしゃと頭を撫でられ、それを見た晃も我もと龍崎の背中に突撃して来る。まとまって伸し掛かる重さに堪え切れずついに倒れ込み、ギブギブと苦しさを訴えるも龍崎も晃も離れる様子はなく楽しげな笑い声が響く。 「安心した。カイ君の事見てくれる人、ちゃんといるんじゃない。大学の中案内してあげると良いよ」 「……はい」  恥ずかしさを誤魔化すようにけほっと咳き込む。  やっと解放されて起き上がると、投げ出されたカイの携帯電話を見つめながら、そういえばと龍崎が口を開く。 「ずっと思ってたけど、カイ君の苗字って少し変わってるよね。綺麗な字だ」 「そうですか? 女の名前みたいで俺はあまり好きじゃないです」  顔を顰めていると、はっとして龍崎を見る。あからさまにしまったという顔をするカイに対し龍崎はにまーと意味ありげに含み笑いを浮かべた。 「だから最初『南』だなんて言ったんだ?」 「すっ、すみません。前から気づいて……?」 「初めてカイ君の部屋にお邪魔した時かな。表札は無記名だけど、カイ君自分宛の郵便物その辺に置いてるんだもん気づくよ」  カイはがっくりと肩を落とす。  小さい頃散々苗字でからかわれた為今でも苗字を晒すのは苦手で、その場限りの事なら名前だけで済ませたり『南』と嘘を吐いてしまうのはままある事だった。美しい波と書く、だなんて態々説明するのも億劫だし気恥ずかしい。 「可愛いのに」 「だから嫌なんですよ。龍崎さんは苗字カッコいいから分からないと思いますけど!」 「じゃあうちの子になる?」  名案、と龍崎は掌を打つ。  名案、じゃない。突然この人は何を言いだすのか。 「晃、良かったねえ。カイ君がお兄ちゃんになってくれるって」 「ほんと?! カイ、いっしょにすむの?」 「ちょっと龍崎さん! 晃も真に受けない」  ブーイングする晃に龍崎も乗っかり騒々しい。  晃がカイの膝にしがみ付いて服を引っ張り龍崎もカイを後ろから抱き締める形でカイの肩に頭を乗せる。  こうやってむさ苦しく団子の状態になるのは最近よくある事だった。片方が抱きついて来るともう片方ももれなくくっついてくる。離れろと言っても二人共聞かないし、まるで大型犬と小型犬に絡まれているような気持ちになる。 (龍崎さんってスキンシップ激しかったんだな。よくよく考えると晃は最初からこうだけど、子供だし)  龍崎は大人だし実際その頼もしさと優しさに救われもしたが、時折妙に子供っぽい所がある。晃と同じ目線で遊べるからたまに大きい子供に見える事もある位だ。 「うひゃっ」  龍崎にふーっと耳元に息を吹きかけられ頓狂な声が出る。そう、こういう悪戯をしてくる所が年齢不相応だ。落ち着いた大人の男性という印象から今は大分変っている気がする。  けらけらと笑う龍崎をじとりと見上げると間近に顔があってどきりとした。 「でも『龍崎カイ』だなんてドキドキするね」 「何でですか?」  さり気なく顔を引きつつそう尋ねると、んー?と間延びした返事が返って来る。 「だってほら、僕の奥さんになったみたいで」 「なっ」  ぶわっと顔が赤くなる。  頭が混乱して言葉が出ずぱくぱくと魚のように口を開閉する。 「やめてください。冗談が過ぎます」  辛うじてそれだけ吐き出すと、龍崎はにやにやと何か言いたげに笑っている。 「可愛いなあ、カイ君は」  やっぱり言われてしまった。  褒められ慣れていないから龍崎に『優しい』とか『えらい』とか褒められる度にむず痒くなるのだが、『可愛い』は何とも複雑だ。からかわれて遊ばれているような気がする。 「それやめてください。可愛いとか、男に言う台詞じゃないですよ」 「えー、だってカイ君可愛いんだもん」  ねえ、と龍崎が晃に同意を求めると晃は大きく頷く。おい、そこは頷くところではない。 「おれ、カイのわらったかお、かわいくてすき。おれはカイにかわいいっていわれたらうれしいけど、カイはうれしくないのか?」  首を傾げる晃に思わずときめいた。そんな事を言われれば嬉しくない筈がない。この子は将来大物になるだろうなと直感した。 「ありがとう、晃に言われると嬉しいかな。俺も晃の笑顔大好きだよ」  照れながら顔を綻ばせると、晃は目を見開いて顔を赤くした後ぎゅうと抱きついてくる。カイも抱き返してやると、晃はがばっと顔を上げ声を張り上げる。 「おれ、カイしあわせにしてやる! カイとけっこんするんだ!」  少年は一人満足そうに決意する。  ぽかんと思考が停止したカイは我に返った後龍崎に救いを求めて振り返る。 「宣戦布告とは我が息子ながらやりおる」  カイは助けを得る事を諦め晃を説得しようと試みたが、泣かしてしまいそうになった為この件は保留となった。

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