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第7話 -1
久々に再会した従弟の光は当然記憶に残っている幼い少年ではなく、立派な好青年へと成長していた。
目がくりっと大きいのは今も変わらないが、背はカイと同じ位で顔立ちも随分大人っぽくなった。アイドル顔と言うのか、高校を卒業したばかりのあどけなさが残っていて愛らしく輝いて見える。
(光みたいなのを可愛いって言うのは分かるんだよな)
やっぱり龍崎さんはちょっと変だな、と一人頷く。
光の新居を後にしたカイは自分のアパートへ帰るべく夕焼けで染まる道を歩いていた。
初めは緊張していたものの会ってみれば何て事はない。お互い昔話や近況を話し合っているうちに盛り上がり気持ち良く解散した。きっと大学で会う事もあるだろうし、次はうちに呼んでもいい。そう思うと楽しみで胸が膨らんだ。
そう思えるようになったのも光とすぐに馴染めたのもきっと龍崎と晃のお蔭だろう。
(ありがとうって言うのはちょっと恥ずかしいかな……でも何かお礼したいな)
そういえば好きな食べ物も欲しい物も知らない。カイが出すものは何でも美味しいと言って食べるし、音楽以外の趣味も検討がつかない。
(龍崎さんが持ってないようなCDとか? でも好み外れたらやだしなぁ。無難な物でネクタイとか……? 何かそれもちょっと違うような)
あれでもないこれでもないと考えている内にアパートが近づく。曲がり角を曲がると、人気のない道路にぽつんと晃が立っているのが見えた。
(晃の奴、あんなとこに一人で何やってんだ?)
声を掛けようと口を開いたその時、一台の黒塗りの車が脇を走り抜け晃の傍で停車する。
中からは黒いスーツを身に纏った体格の良さそうな男が数人現れて、何やら晃に話し掛けているようだった。
カイの脳裏を過ぎるのは『誘拐』の二文字。
さっと血の気が引く。
「お前ら何やってんだ!」
晃が車の中へと誘導されていく。駆け出し車に乗り込む寸前の男の腕を掴むと、男にぎろりと睨みつけられ一瞬怯むもカイもまた睨み返す。
「何だお前」
「それはこっちの台詞だ! 晃を返せ!」
どこへ連れて行く気だ、と叫んでいる途中突然首の後ろに強い衝撃を覚えてぐらりと視界が歪んだ。
なす術もなく一瞬で意識が遠ざかる。車の中では晃が泣き喚いている。
その声すらカイの耳にはもう届かない。
目が覚めると、そこは薄暗い部屋の中だった。
「ここ、どこだ……?」
身体に痛みを感じ、起き上がろうとするも自由に動けない。両腕を背中に回されぎっちりと固定されていた。
「あっ! 晃……!」
気絶する前の事を思い出し愕然とする。
晃が攫われた。
薄闇に慣れて来た目でよくよく辺りを見てみるとそこは簡素な和室だった。畳に頬を擦りつけ何とか起き上がる。両手を拘束されているだけで口も足も自由だ。
(そうだ、龍崎さんに連絡しないと……!)
辺りを見渡すが持っていた筈の鞄はない。ポケットも見てみたがなさそうだ。
その時、背後で襖が開き強い光が入って来た。
「起きたか?」
振り返ると、部屋の外から溢れる光の中に人影が映っている。眩しさに目を細めていると、隣室の明かりに馴染んだ目が男の姿を捕える。
「龍崎さん?!」
「ん? おう」
驚いて目を瞬かせる。けれどすぐに違うと分かった。
思わずそう叫んでしまったが、改めて見るとその男は龍崎と顔が似ているだけで龍崎ではない。
「お前、誰だ?」
パーマの掛かった動きのある短めの髪は明るい茶色で両耳には沢山のピアスが嵌められている。服装もフランクで腕や腰にはシルバーアクセサリーがじゃらじゃらと纏い男が歩くとチャリチャリと擦れた音を出した。
公私いつでも品があり大人っぽい恰好の龍崎とは大違いだ。けれど顔だけは本当に良く似ている。
これだけ似ていると、考え得る答えは一つだ。
「あんたが今言ったんじゃん。俺は『龍崎』だ」
「じゃあやっぱり、大地さんの」
「大地は俺の兄貴。ここは俺達の実家」
さらりと告げられる事実に驚きと安堵の溜息を落とす。
そして同時にじわじわと襲い来る羞恥。
「じゃあ晃を連れて行ったあの怪しい人達は?」
「親父の部下だな」
「誘拐じゃなかったんですね……」
「まあ、拉致した事にあんま変わりはないけどな。親父不器用なのよ。あんたも巻き込まれて災難だったな」
ほらよと手首に巻かれていた布を解かれる。こうして見上げながら会話を続けるのも居づらくて、固まった筋肉を解しがてら立ち上がる。こうして並んで立っても男は龍崎と同じ位長身で、目を少しぼかせばそれこそ趣味が変わっただけの龍崎に見える。
一体どういう事なのかと眉を顰めると、楓太と名乗ったその男は面倒臭そうに説明し出した。
初めて知った事だが、どうやら龍崎は実家と絶縁状態にあるらしい。龍崎家は資産家で龍崎には親が宛がった婚約者がいたらしいが、当時の恋人との間に晃が出来、それを下ろすよう言われて腹を立てた龍崎が家を出て行ったんだとか。
「親父ももう年寄りだからな、いい加減縁り戻したいらしいけどいらん見栄張って結局こんな拗れたやり方になるんだ。今更孫の顔見たがってもねえ、ほんとろくでもねえ親父だよ」
つまり孫に会いたくて龍崎に黙って拉致、ついでに龍崎を強制的に実家に誘い込むという計画らしい。不器用だとかいうレベルではない。
本当は晃だけ連れて行くつもりだったものの、それを見ていたカイが騒ぎ出したものだから手っ取り早く気絶させてカイまで連れて来られたという訳だ。暴れないよう気休めに腕だけ封じられていたようだが、お蔭でますます勘違いさせてくれていい迷惑である。
「兄貴のガキ、随分あんたに懐いてるんだな。お菓子で釣ろうとしても全然なびかないでずーっとあんたにべったりしがみ付いてたんだぜ? 泣き疲れたのかやっと寝てくれたから今は別の部屋に移されてたけど」
ほらガキの鼻水の痕、と指差されて袖を見るとぱりぱりと一部の生地が固まっている。自分が余計な事をしてしまったせいで心配させてしまったなとカイは苦笑いを浮かべた。
「で、あんた名前は? 兄貴とどういう関係?」
じろじろと値踏みするような不躾な視線を向けられ居心地の悪さに顔を顰める。
「み……美波カイです。俺は龍崎さん達とアパートが隣で、よく一緒にご飯食べたりしてお世話になってるんです」
「何、あいつ今アパートに住んでんの? 信じらんねえ、良いマンションの一つや二つ住んでそうなのに」
呆れる楓太の反応にああやっぱりそうなんだと確信する。龍崎がどの程度の収入を得ているのか知らないが、彼の所有する家財や荒いとも言える金遣いを思うと彼は相当懐に余裕がある。身綺麗でスーツだって吊るしではなくオーダーメイドだ。
「まーどうでもいいか。兄貴の考えてる事なんざ知らんし。カイ君、あんたもう帰っていーよ」
もうこの件にカイは関係ない。ならば楓太の言う通り帰るしかないだろう。
はい、と鞄を押しつけられよろめく。鞄の中を探り携帯電話を見つけると、着信が入っている事に気づいた。
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