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第7話 -2
携帯電話を開きぎくりとする。メールも電話も何件も入っている。それらはすべて龍崎からのものだ。
そして画面に表示される龍崎の名前を見てあっと思い出す。
「楓太さん、お兄さんの喜びそうな物って何か分かりますか?」
「はぁ? 兄貴の喜びそうなもん?」
何で、と怪訝そうに顔を顰める楓太にちょっとと言って精一杯の愛想笑いを浮かべてみる。やはりわざとらしかったのか、楓太はふーんと言ってじろじろカイを見る。
「俺そんな兄貴と特別仲良い訳じゃないからよく知らんけど、男が男から貰って喜ぶ物なんか決まってんだろ」
にいと笑ってみせる楓太に期待が高まる。前のめりになって何ですかと尋ねると、楓太は自信満々に答えた。
「そりゃエッチなDVDとか雑誌だろ」
あんたも好きだろ?と肩を組んで顔を近づけられ思わず頭を引く。
(やっぱり似てる)
よく見ると違うのだけれど、それでもやはり楓太は龍崎とそっくりだ。
「そういうのじゃなくてですね」
「何言ってんの、これやって喜ばない男いる?」
そういえばと思い出されるのは龍崎の部屋にあった雑誌だ。コアなネタだったし、確かに龍崎は好きかもしれない。
友達付き合いのなかったカイは友達と一緒にAVものを貸し合ったり鑑賞したりという経験がまずない。そういうのをあげるのはふざけていないかどうなのかと思ったが、龍崎なら案外さらっとありがとうと言って受け取ってくれそうな気もしてきた。
「じゃあ参考までに、楓太さんのお薦め教えてください……」
兄弟ならば嗜好も似ているかもしれない。メモを取ろうと携帯電話を操作していると突然携帯電話が震え出した。
「龍崎さん」
画面に表示される名前に目を見張る。そういえば着信を見た時にすぐ折り返すべきだった。
けれどボタンを押す前に携帯電話を取り上げられてしまう。楓太が天高く腕を伸ばすものだから奪い返そうにも手が届かない。
「何するんですか、ふざけないでくださ……」
「あんた自身はどう?」
被せてくる上に成立していない言葉のキャッチボールにカイは訝しげに眉を顰めた。
「はい?」
「俺のお薦め知りたいんだろ? 俺ならあんたに身体で奉仕してもらうのが良いな」
電源ボタンを押されたのかそれまで振動していた携帯電話は静かになりするりと腰に手を回される。その怪しい手つきにぞくりと鳥肌が立った。
「そういう意味じゃないです! ちょっと、やめてくださ……ッ、ふざけないでくださいってば」
「ふざけてないさ。俺ゲイなんだけど、あんた結構タイプかも。兄貴はノンケだった気がするけどあんただったら勃つんじゃねえの? ゴツくないし、初心そうな感じがそそられるね」
ぺろりと舌を出す楓太の瞳はゆらゆらと欲が孕む。
(冗談だろ)
楓太の手ががしりと尻を揉み出しびくりと肩を揺らす。
抵抗すべきだと理性が訴えて来るのに、楓太の誘惑に引き摺られる。
(それは龍崎さんとセックスするって事か?)
こうして楓太に触れられていると龍崎との夜を思い出す。
龍崎は楓太のように乱暴には触れて来ない。ただ優しく触って気持ちの良い事をする。
ただのじゃれ合い、互いに自慰を手伝うだけの行為だ。どこを擦れば気持ち良いとか、そういうのを教わるばかりで自分から積極的に相手を気持ち良くしようとした事は恐らくない。
「教えてやろうか、男とのセックスの仕方。兄貴を喜ばせたいんだろ?」
頭が麻痺しているようだ。
ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと頷く。
馬鹿な事をしていると思う。けれど手馴れている龍崎をリードして気持ち良くなってもらうには経験しかない。情報を得る事は簡単だが、実践となると話は別だ。
なら、今は良い機会ではないか。
「あんたイイ顔するな。なあ、もしかして兄貴の事好きなの?」
「え?」
するりと服の中に忍び込んだ楓太の手は冷たい。ひやりとした感触にぴくりと睫毛の先が揺れる。
「これはない方が良いかな」
かちゃりと眼鏡を奪われ視界がぼやける。見えなくては困ると思いつつも、この方が確かに抵抗はないなと思い直した。
(龍崎さんが好き? まさか)
服の下をまさぐられ首元にぬるりとした舌の熱い感触が焼きつく。
熱い息を吐きながらカイは楓太の言葉を頭の中で反芻した。
(好きって、あの『好き』だよな?)
晃は好きだし、龍崎も好きだと言っていい。
けれどそういう『好き』ではなく女性に恋をするのと同じ意味での『好き』ならば頭を捻る。
そんな風に思った事はなかった。
そもそもどこからがそうなのか、線引きもいまいち分からない。
「楓太さん、自分はゲイだって言ってましたよね」
「そうだけど?」
「男の人を好きになるのって、どこからなんですか?」
「どこからぁ?」
どういうこっちゃとカイの首に埋めていた顔を起こした楓太は呆れた声を出す。
「そんなん好きだって思ったら好きだろ。情が湧いて、セックスしてえなって思ったらもう恋に落ちてんじゃねーの」
「はあ……」
下らない事聞くなよと言う楓太にすみませんと謝る。
「ほら、あんたも手と口動かせ。ただしゃぶって突っ込むだけなんて味気ねえだろ。俺を兄貴だと思って練習してみろよ」
「は、はい」
ほら、とわざわざ襟を引っ張って露出した楓太の首筋に恐る恐る口を近づける。
(こう……?)
舌先で舐め軽く吸う。ぎこちない動作で場所を変えて何度か首筋を吸っている間、楓太に尻を揉まれ腰を撫でられる。胸の突起を摘ままれるとじわりと快感に震えた。
「あんた敏感だな。愛撫はヘッタクソだけど」
くすくすと笑われ羞恥で顔が赤くなる。
(だってそこは、龍崎さんが)
思い出すだに恥ずかしい。そこは龍崎に何度も触れられた場所だ。初めはこそばゆいだけだったが、それを快楽に結び付け育てていったのは龍崎だ。
(俺、何やってんだろ)
声も、肌の匂いも、龍崎ではあり得ない。
龍崎に触れられた時は戸惑いはあっても不快感はなかった。気持ち良かったし、包まれるような安堵もあった。
けれど今は楓太にしている事もされている事も戸惑いしかない。少しずつじりじりと嫌悪感が膨らんでいく。
くん、と顎を掴まれ楓太の唇が近づいた。
(あ)
ぞっとする。
不快感が膨れ上がり咄嗟に楓太を突き飛ばした。
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