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第8話 -2
「此度は大変申し訳ない事をした」
深々と頭を垂れる男、龍崎の父を前にカイもまた慌てて頭を下げる。
長い廊下を抜けて通された応接間は重厚感のある洋室で、カイの隣には晃、そして龍崎が座り、向かいのソファに龍崎父と楓太が座っている。先程の取っ組み合いのお蔭で龍崎の顔には痣や擦れた痕が僅かにあるが、対する楓太の顔には所々大小の湿布が張られ擦り傷も多い。大きく腫れてはいないものの折角の整った顔が台無しだ。
「全くです。僕に断りもなく孫を誘拐するどころか関係のない人間まで巻き込むなんて非常識極まりないですよ」
龍崎は腕を組み呆れた様子で溜息を吐く。
「まあまあ、親父も反省してる事だし兄貴も落ち着いて」
「僕はお前が一番許せないけどな」
鋭く睨みつける龍崎に楓太はひょいと肩を竦める。ぱちりと楓太と目が合うと、楓太はにいと片方だけ口角を上げた。
「カイ君、僕からも謝るよ。巻き込んでしまって本当に申し訳ない」
「頭を上げてください。もう本当に気にしてませんので」
頭を下げる龍崎にカイはおろおろと手を振る。
(どうしよう。俺がここにいたって邪魔だよな)
カイは鞄を抱え直し龍崎の父に向き直る。
「あの、俺そろそろお暇させて頂きます。お邪魔しました」
ぺこりと頭を下げ腰を上げる。すると何故か龍崎も晃を抱えて立ち上がった。
「そういう事で僕らは失礼します。くれぐれも今後二度とこんな真似はしないようお願いします」
「えっ、龍崎さんも? まだ家族で話す事とかあるんじゃ」
「ないよ。僕はこの家を出て行った人間だし」
くるっと踵を返して龍崎が部屋を出て行こうとすると父親が呼び止める。
「大地」
「お前はもう息子ではないと言ったのは貴方ですよ」
龍崎はそう冷たく言い放ちカイに笑い掛ける。さ、行こう。そう言う龍崎の表情は穏やかだが、カイは放っておけないものを感じた。
(駄目だ……)
龍崎の父親はきっと心から龍崎との関係を戻したいと思っている。そうでなければあんなに寂しそうな目はしない。
「待って、龍崎さん」
ぐっと拳を握り締め顔を上げる。龍崎と真っ直ぐ視線がぶつかる。
(ああ、でも、何て言えば良いんだ)
良い言葉が浮かばない。
親子の縁を戻しましょうなんて、当事者でもない当時の事もよく知らない人間が軽々しく言えた言葉ではないのではないか。
お前はどうなんだと思われるかもしれない。余計な事をするなと言われるかもしれない。
(母さんみたいに)
脚が竦む。
けれど龍崎には実の親とぎこちない関係のままでいてほしくない。
「俺、龍崎さんにはもっと幸せになってほしい。どうこう言える立場じゃないって分かってるけど、このままじゃ寂しいよ」
何を言ってるんだろうと思った。
これではただ自分の感情を押しつけてるだけだ。もっと龍崎の心を動かせる言葉を言えたらいいのに、パンク寸前の頭でやっと紡ぎ出せた言葉がこれだ。
龍崎は遠くを見るような目でカイを見つめている。
カイは居た堪れなくて視線を下げる。皆きっと呆れているのだろう、何も言わない。
(失敗した)
そう唇を噛み締めていると龍崎の父が口を開いた。
「拙いな」
低くしゃがれた声にかっと顔が赤くなる。
カイへの侮辱に龍崎は眉を顰める。父親の視線が落ち、ゆっくりと言葉が続いた。
「拙いが、その通りだ。儂はお前がいなくなってどうやら物足りなかったようだ」
戻って来い。毒が抜けたようなその声に龍崎もカイも皆視線を彼へと向ける。
「親父もこう言ってる事だし兄貴もいい加減許してやれよ。俺は構わないけど、親父もいつぶっ倒れてもおかしくねえんだからきもちよーく財産分与しようぜ」
「おい、儂はまだ死なんぞ」
へらへらと笑う楓太をじろりと父親がねめつける。
ちらりと龍崎を見上げると、視線に気づいた龍崎が困ったように微笑んだ。
「この家には戻りませんけど、たまには帰る事にします」
そう口にする龍崎は少し安心しているように見えた。カイはほっと胸を撫で下ろす。
皆で食事にしよう、と一同が移動する中楓太に肩を掴まれた。前を歩く龍崎は晃と父親と話していてこちらには気づいていない。
「カイ、さっきはふざけて悪かったな」
「いえ、それより怪我大丈夫ですか?」
こそこそと話す楓太に合せて声を潜めると、楓太はへーきへーきと言ってにかっと笑った。
「若い頃何度も兄貴に女取られたから仕返ししてやりたいって思ってたんだよな。って言ってもまさかこんなに効果あるとは思わなかったけど。兄貴の顔、傑作だったね」
イイもん見たわ、と楓太はにやにやと笑う。
カイははあと曖昧に答えて、垣間見える龍崎の女関係に思いを馳せた。
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