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第9話 -1
龍崎がこの件について知ったのは晃とカイが連れ出されてから数時間後、日が暮れた後だった。立て込んでいた仕事がやっと一段落して初めて携帯電話を開 き、父親の部下から晃を少しの間預かると事務的な留守電が入っている事に気づいたらしい。
カイが巻き込まれていた事に気づいたのは実家に着いてからだ。すやすやと眠っている晃の姿を確認してそのまま連れて帰ろうとした時父の部下達の話し声が聞こえた。
その話し振りから不穏な空気を察知した龍崎は彼らに詰め寄りすべて吐かせて、カイがここに来ている事、離れに隔離され楓太が監視役として就いている事を知った。
龍崎としてはその役目が楓太である時点で安心は全くなくむしろその逆だったようだ。何か迷惑を掛けるんじゃないか、ある事ない事吹き込まれるのではないかとひやひやしていたらしい。
荒々しい事とは無縁そうな龍崎だが、それどころか若い頃は血気盛んで喧嘩も強く、今日のような兄弟喧嘩も頻繁だったようだ。今ではもうすっかりそういう類の事はないと恥ずかしそうに言うが、腕っぷしの強さは健在だ。若い頃はもっと強かったのかと思うと身震いがする。
「親子の問題に付き合わせちゃって悪かったね。恥ずかしいところを見られてしまったな」
「いえ、こちらこそすみません。お父さんと晃、仲良くなったみたいで良かったですね」
目の前に湯気の立ったハーブティーが置かれ、馴染みのない香りに興味を引かれる。一口飲んでみると、独特だが嫌いな味ではなく身体の芯が温まる。
一晩泊まっていく事になり晃は龍崎の父に預けられた。カイの事があり初めは騒いだりむくれたりしていた晃も、一眠りしてカイや龍崎と会い遅めの夕飯を皆で食べるとすっかりご機嫌で龍崎の父の手に引かれて行った。
そしてカイは晃と別れた後龍崎の部屋へ案内された訳だが、その広さと気品のある佇まいに圧倒される。龍崎の部屋は決して華美ではないがどれも高価な物であろう家具や調度品で揃えられていた。
絶縁状態だったと言うのに部屋はそのまま、掃除も行き届いている辺りいつでも龍崎が帰って来れるよう準備されていたのかと思うと微笑ましい。
この部屋を見ていると龍崎と晃の住んでいるアパートにあった同様の雰囲気の家具を思い出した。けれど内観にミスマッチなあの空間に比べてモデルルームのような完璧な内装に緊張を覚えてそわそわする。
テーブルを挟んで座る龍崎はティーカップを口につけて傾ける。その動作は上品で部屋の雰囲気と合い、まるで絵のようだと思った。
「まあね。晃を一度も会わせた事なかったし、この機会に会わせてあげられて良かったかな。あの人が縁り戻したがってるのは何となく分かってたから僕もそろそろ良いかなって思ってたし」
「ええっ、そうなんですか? 龍崎さん、あんなに怒ってたからてっきりそんな気ないのかと……。俺、やっぱり余計でしたね」
恥じ入るカイに、龍崎は違うんだよと眉を下げる。
首を傾げると、龍崎は席を立ってカイの隣に腰掛けた。
「君を巻き込ませてしまった事に僕は苛立っていたんだよ。父も楓太も自分自身にも本当に呆れる。でも君がああして宥めてくれたから頑固者の父が折れたんだ」
手を重ねられどきりとする。
眼鏡越しにはっきりと龍崎の顔が見える。
「ありがとう。あの時の言葉、すごく嬉しかった」
熱い龍崎の体温が掌から伝わってくる。
(うわ)
顔が熱くなる。今更あんな事を言ってしまったのが恥ずかしくて、穴を掘って埋まってしまいたい衝動に駆られた。
「ねえ、カイ君。楓太にどこまで許した?」
「どこまで、って……何も」
重ねられた手とは逆の手がカイの首筋へ伸びる。
つう、と肌を撫でるようなその動きにぴくりと反応する。おそるおそる視線を上げると、龍崎の冷ややかな伏せがちの瞳が目に映った。
「楓太の奴、同意の上って言ってたけど。もしかして楓太の事が好きなの……?」
「まさか! 違います。そんな訳ないじゃないですか」
「それ、どっちの返事? どっちも?」
言葉に詰まる。
ゆるゆると首を横に振り、唇を噛む。
(俺が好きなのは、龍崎さんだ)
言えない言葉を代わりに心の中で呟く。
それは虚しくて胸の奥がしくりと痛かった。
「男同士のセ……セックスを、教えてもらおうとしてたんです」
「……何で、それを楓太に? 確かにあいつはゲイだけど、君はただの好奇心で初めて会う人間に身体を許せるような人間じゃないだろ」
見透かすかのようなその言葉にまた何も言えなくなる。
中々言い出せず黙っていると、龍崎に顔を覗き込まれてうっと顔を顰めた。龍崎の視線から逃れるように顔の傍に腕を上げ、仕方なしに渋々口を開く。
「俺、龍崎さんにいつもお世話になってばかりだから何かしたくて。何か買おうか考えたんですけど良い案が思い浮かばなくて、そしたら楓太さんが、その、俺が気持ち良くさせるのはどうかと」
顔から火が噴きそうだ。
しどろもどろに紡がれるその言葉を、龍崎はきょとんとした顔で聞いている。
「気持ち良く」
「あっ! でも俺がそんな事やっても気持ち悪いですよね! 勃つものも勃たないというか、はははは。やっぱそれならAVとかの方が何十倍も良いですよね!」
笑って誤魔化しながらずりずりと龍崎から距離を取る。けれど同じだけ詰め寄られ、ソファーの端に追い込まれる形となったカイは身動きが取れなくなった。
「君はいつも僕がどれだけ我慢しているか知らないんだね」
「は、はい……?」
する、と龍崎の手が太腿を撫でる。その手は中心には触れずに付け根ぎりぎりの内側まで滑り込む。そのくすぐったさに眉がぴくりと動いた。
「君に対して気持ち悪いなんて感じた事ないよ。ドライオーガズム、やったでしょ? あの時の君すごくって……すごく可愛くて、すごくセクシーだった。この子を抱いたらどんな可愛い声で啼いてくれるんだろうって、そう思ったらすごくぞくぞくしたものだよ」
「りゅ……ざき、さ」
うっとりとした眼差しには欲の色が纏っている。頬から首筋、鎖骨、胸、腹。形を確認するようにゆっくりと龍崎の手が滑り落ちていく。触れたところから細かな電流が流れて広がるような感覚に目を細めた。
「僕の為を思ってくれた事は嬉しいよ。でも、だからと言って他の男に触らせちゃ駄目だよ。男だからって乱暴にされてしまう。セックスは僕が教えてあげるから」
独占欲とも取れるその言葉に眩暈がする。
「でも、でも俺下手かもしれない。それじゃ龍崎さんが楽しくないじゃないか……俺じゃ女にも見えないし」
「君は人の話をちゃんと聞いてるのかな。お喋りはもう終わり」
顎を引かれ、唇が重なる。楓太では堪えられなかったその行為を今は自ら受け入れている自分がいた。
柔く唇を吸われ甘噛みされる。舌先で唇をなぞられるとぞくりとした。一旦唇が離れ薄く目を開くと、眼鏡を外されてくすりと龍崎の笑う気配。
「可愛い」
「龍崎さ、ぁっ」
今度は深く口づけられる。歯列を舌でなぞられびくりと薄く開いたその隙間に舌が滑り込んで来る。熱く滑った舌に口腔を犯され、カイの思考はとろりと蕩けそうだ。
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