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日曜日はあっという間に訪れ、祥は今待ち合わせ場所である駅の前に立っている。
時刻は午前九時四十分。バスは来る時間がまちまちだから、園山を待たせたくないと思い早めに来た。
――というのは口実で、本当は家に居ると落ち着かなかったから、さっさと出てきてしまったのだ。
先ほどから何度も腕時計を確認するが、その針はほとんど動いていない。
家を早く出すぎたことを後悔しかけた時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「井瀬塚、ごめん、待たせちゃったね」
「いや、そんなこと無い! 俺も今来たばっかだし」
嘘だ。十分前からここに立っていた。
「そう? なら良かった」
「じゃあ俺んち行こうぜ」
早速二人は祥の家へ向かった。その間にも英語の単語帳から問題を出し合う。
「わ、本当に近いんだね」
祥の家に着くなり、園山は驚きの声を上げた。
「まぁ、そもそも俺乗り物全般ダメでさ、すぐ酔っちゃうんだよな。そのせいもあって、学校は歩いて行けるとこにしたんだ」
祥が玄関のドアを開けると、中から甘い匂いが漂ってきた。
「母さん、ただいまー! ほら入れよ」
「お、お邪魔します……」
帰宅を告げる声を聞いた母が、台所から出てきて玄関に姿を現す。
「あら、あなたが園山君? いつもうちの祥がお世話になっています」
「い、いえ、こちらこそ……」
(あ、これ人見知り発動してるな)
祥の母親を前に、いつもより声が小さくなっている。喋り方もぎこちない。
「後でお菓子持っていくから、ゆっくりしていってね」
「はい。あ、ありがとうございます」
どうやら甘い匂いがしたのは菓子を焼いているからのようだ。
「ほらこっち。俺の部屋、上だから」
祥の部屋がある二階に案内しようと家の中へと導く。すると、母が見えなくなった途端に園山が口を開いた。
「井瀬塚、もしかして兄弟いる?」
「え、何で分かったの!?」
兄弟がいる事はまだ話していなかったはずだが。
「玄関に、井瀬塚のと似た靴が多かったから」
「へぇ、すごいな当たりだよ。あ、今日はアイツ友達んちに泊まりに行ってて、帰ってこないから大丈夫」
普段から静かな弟だから心配することはないと思うが、園山の気を揉ませないために言っておいた。
意外と観察力があるんだな、と感心しながら階段を上る。兄弟の部屋は分かれており、向かって右が弟の部屋、左が祥の部屋だ。
「それじゃあ、俺の部屋にようこそ!」
祥はふすまを開け、中に入るよう促した。
「お邪魔します――あ、意外と綺麗にしてるんだね」
「意外とってなんだよ」
祥がわざとらしく頬を膨らませると、園山は少し笑ってごめんと言う。
「でも、畳の部屋なんだ。ちょっと意外かも」
「あぁ、弟の部屋はフローリングなんだけど、俺が畳の部屋が良いって言ってこっちにしてもらったんだ」
普段なら布団を押入れにしまわないこともあるのだが、今日はそうする訳にはいかない。掃除も念入りにしておいた。
「あのぬいぐるみ、飾っておいてくれてるんだね」
園山が、背の低いたんすの上に載っているウサギのぬいぐるみを見て言った。先日ゲームセンターで取ってもらったものだ。
「当たり前だろ。絶対大事にするって言ったじゃねーか」
自慢げに胸を張る祥に、園山は嬉しそうな笑顔で応えてくれた。やっと緊張がほぐれてきたようで、その表情は朗らかだ。
いつも通りの雰囲気に戻ったところで、部屋の中央にちゃぶ台を置き、向かい合ってテスト勉強に取り組み始める。
「まずは好きな教科からやろうぜ――じゃーん、数学!」
「うん。なら、問題集のこのページをやって、後で交換して丸付けしようか」
「おう! じゃあ、スタート」
同じタイミングで問題を解き始める。
しばらくの間、部屋にはカリカリと文字を書く音だけが響いていた。
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