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「終わったー。井瀬塚は?」 「ちょっと待ってっ…………終わった!」 「じゃあ、交換しよう」  互いにノートを取り替えて、丸付けを始めた。さらさらとペンが軽快に動いていく。  なんと園山のノートにはバツが一つもついていなかった。 「お前全問正解じゃん!」 「井瀬塚もよくできてたよ。二問だけ間違えてたけど」 「え、どこ?」  祥のノートは園山の手元にあるため、隣に移動して自分のものを覗き込む。 「ほらここ、剰余の定理を使うところだけ間違えてる」 「あ、ほんとだ。どうやるんだっけ」 「これはね――――」 (どうしてこんなにドキドキしてるんだ俺はッ。何かいたたまれない……)  何か気を逸らすものがないかないかと考えていたら、部屋のふすまが小さく開いた。 「二人ともお疲れ様。お茶とお菓子持ってきたわよ」  母が持つお盆には、温かい緑茶が入った湯のみと焼きたてのクッキーがのっていた。 「ありがと、母さん」 「じゃ、頑張ってね」 「ありがとうございます」  再びふすまが閉められた時には、祥の顔の火照りも幾分収まっていた。 「にしても母さん、お茶とクッキーって……」 「でも美味しそう。食べていい?」 「もちろん」  一口クッキーをかじると、その甘さとバターの香りが口いっぱいに広がる。 「美味しい。井瀬塚のお母さん、料理上手なんだね」 「ま、まあな。お前はお菓子とか作んないの?」 「うん、お菓子は作ったことがなくて。今度やってみようかな」  園山と普通に話せている自分に、祥は内心ほっとしていた。 (顔赤くなってたの、バレてないかな)  園山の説明はとても分かりやすかった。祥が分からないところを的確に教えてくれる。  お陰で、今まであやふやだった知識が補完されていく。 「おぉー、なるほどそういう事だったのか。ありがとな――」  礼を言うために顔を上げると、園山の端正な顔がすぐ近くにあった。    鼻先が触れてしまいそうなほどに。 「ッ! ごめんっ、近すぎた」  互いの視線がぶつかった瞬間、顔が真っ赤に染まったのが自分でも分かった。慌てて下を向いたが、気付かれていないだろうか?  近づいたのは祥の方だが、気付かないうちにどんどん距離が詰まっていたようだ。  さっきのことについて向こうは何も言ってこない。という事は、気付かれていないと理解して良いのだろうか。 「ねぇ井瀬塚」 「は、はいッ」 (やっぱ気付かれた? あんなにあからさまだったもんなぁ)  またしても祥の心臓が跳ね上がる。 「……トイレ、借りてもいい?」 「へっ? あ、あぁ。階段の下にある」 「ありがとう」  予想外の言葉に、つい間の抜けた声を出してしまった。  園山が部屋を出るのを待ってから、大きく息を吐く。 「はあぁー、あっぶねー」  それにしても、自分はなぜ園山と目が合っただけであんなに顔を赤らめてしまったのだろうか。 (あ、そうだ。俺、不意打ちに弱いのかもしれない)  たった今思いついたかのように、その原因を理由付ける。  先日クレープを食べていて唇のクリームを園山の手で拭われた時といい、先ほど至近距離で目が合った時といい、突然の接近に驚いてしまっただけなのかもしれない。 (そうだそうだ。いきなりの事でびっくりしただけだ)  一人で納得していると、園山が戻ってきた。 「あ、おかえり」 「うん。トイレありがと」 (なんだ、何ともないじゃん)  部屋に入ってきた園山の顔を見ても祥の心拍数が上がったり、顔が熱くなったりはしない。やはり不意打ちに弱かっただけのようで、いつも通りの自分に一安心する。 「それじゃ、続き始めようぜ」

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