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(――――き、気まずい……)
その後、午前中の勉強はつつがなく終わり、祥たちはリビングで昼食をとっていた。
祥にとっては当たり前なのだが、園山は食事中でもヘッドホンを外さない。その上母が居るために口数も少なく、食卓には重い空気が漂っていた。
母も表情には出さないものの、目で祥に信号を送ってきている。
(俺だってこんな空気嫌だよ! っていうか、母さんが出て行ってくれたら万事解決なんだけど……)
食事を作ってもらっておいて部屋から出てくれとは言えない。
三人で話せる話題がないかと頭をフル回転させていると、ついに母が口を開いた。
「ねぇ、二人はいつもどんなお話してるの?」
「えー、どんなって言われても……どうだったっけ、園山」
「あ、えっと、授業の事とか、最近起こったこととか、ですかね」
「うちの祥が迷惑かけてないかしら?」
「いえ、全然。むしろ、こっちが助けられてます」
助ける? 自分は園山と普通に話していただけなのに、何か助けるようなことをしただろうかと首を傾げる。だが迷惑になっていないのならばそれで良い。
「あの、この生姜焼き、すごく美味しいです。何かポイントとかあるんですか?」
「そうねぇ、お肉を柔らかくするために、蜂蜜に漬けておくといいわよ」
「蜂蜜ですか。今度、やってみます」
「園山君、お料理するの?」
「こいつ凄いんだぜ。毎日弁当作ってきてんの」
隣に祥が居るからか、徐々に喋るようになってきた。相変わらずその口ぶりはぎこちないが。
食事が終わると、母が緑茶を淹れてくれた。先程とは違う銘柄のものだ。
お茶をすすりながら、母が口を開く。
「園山君は、音楽が好きなの?」
(そ、そこに触れては駄目だー!)
ついにヘッドホンが気になりすぎて我慢できなくなったのだろう、遠まわしに聞いてくる。
祥はお茶を吹き出しそうになったのをなんとか堪えたが、一人であたふたすることしか出来なかった。
しかし祥が取り乱す必要はどこにもなく。園山は、その質問に答え慣れているかのように応じた。動じる素振りは見せずに、それでも本当に申し訳なさそうに。
「済みません、食事中も外さなくて。失礼だという事は分かっています。でも、これには事情があって、外すことはできないんです」
「そ、そうだったの。ごめんなさいね、嫌なこと聞いちゃって」
(……あれ、でも結果的には、良いのか?)
園山がヘッドホンのことについて話したのだ。今まで祥が怖くて触れられなかった話題に、何も知らない母が挑んでくれた。これで優梨が言ったように、彼にはヘッドホンをを外せない理由があるという事が確かめられた。
あとはその理由を探れば良いのだが……。
「園山、そろそろ勉強始めようぜ! 母さん、ごちそうさま!」
「あ、ごちそうさまでした」
祥は園山の腕を引っ張って自分の部屋へ戻る。これ以上母と話していたら、もっと空気が悪くなりかねない。理由を無理に聞き出したくは無かったのだ。
園山を連れ部屋に駆け込み、大きく息をついた。
「悪いな、母さんが変なこと聞いちゃって」
「大丈夫だから。気にしないで」
園山は笑って答えてくれた。
(今なら、言ってもいいかな)
テストの間だけ、ヘドッホンを外してほしい。そのことを言わなければ。
今なら少なからじそちらへと意識が向いているし、母に触発されて祥もヘッドホンのことを聞いてみたくなったと思ってもらえるだろう。
緊張で汗ばむ手を固く握りしめ、おずおずと切り出してみる。
「なあ園山……えっと…………ヘッドホンをさ、テストの時、外してもらえないか?」
(どうだろう、オーケーしてくれるかな。でも、そうしないとこいつがテスト受けられないし)
何と言われるだろう。そんなことできないとはね返されるのだろうか。
だが園山は特に考え込む様子も見せず、さらっと言うのだった。
「いいよ」
「え、いいの!?」
(なんだ、こんなにあっさり聞いてらえるんだったら、もっと早く言えばよかった)
今までの作戦はなんだったのか。そう思わせるほどあっけなかった。
いや、今までしてきた事が全て作戦だったという訳ではないが、こんなに気張ることは無かったのかと思うと、どこか煮え切らない。
とはいえ、園山が承諾してくれて良かったと喜ぶべきだろう。
「ほんとにと取ってくれんの? 今まで外したこと無かったじゃん」
「元々テストの時は外すつもりだったんだ。あ、でも一つだけお願い」
「お願い?」
「うん。耳栓は付けさせて」
「分かった。先生に聞いてみる」
なるほど、耳栓だったらカンニングだと疑われることは少ないだろう。それにしても、なぜそこまでして耳を塞ぎたがるのだろうか。
だが今回の目的では、そこまでのことは求められていない。
「じゃあ続けるか。何やる?」
「井瀬塚が好きなのでいいよ」
「そうか? なら化学で」
再びちゃぶ台に向かい合って座り、問題を解き始めた。
分からない所を聞き合いながら問題集を進める。やはり勉強は誰かと一緒にやる方が、教えたり教えられたりすることで自分の理解度も深まっていく。どちらかというと祥から尋ねる回数が多かったが、園山は毎回丁寧に解説してくれた。
だが一時間ほど経ったところで祥の集中力が切れてしまい、さらには睡魔も襲ってくる。このままでははかどらないと思い、ひとまず仮眠をとることにした。
「園山ぁ、俺ちょっと寝るわ。十五分くらいしたら起こして」
そう言って祥は畳の上に寝転がる。
「うん、おやすみ」
(まだやるのか。すげー集中力)
園山のやる気に感心するが、襲ってくる眠気には勝てない。まぶたを下ろすと、すぐに深い眠りへと引き込まれてしまった。
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