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 翌朝、優梨は祥の家に来ておらず、学校でも口を閉ざしたままだった。視線すら合わそうとしない。  そして、祥の答えは未だ出ていなかった。 「はぁ~~」 「祥、今朝から溜息ばかりついてるね。心ここにあらずっていう感じ」  今日は雨が酷いため、塔屋の中で昼食をとっている。 「……なあ永緒、俺のこと好き?」 「? うん、好きだよ」 「そっか。俺も好き」  普段ならここで顔を真っ赤にしているところだ。  突然の事に首を傾げる永緒のことは、祥の視界には入っていなかった。  なぜ優梨には友情で、永緒には愛情が湧くのか。いくら考えても答えは出てこず、むしろこんな事を考えている方が二人に失礼ではないかと思えてきた。   午後の授業にも身が入らず、先生の言葉は頭の中を右から左へと流れていくだけ。  永緒の気持ちを確かめてみたが分からない。辞書を引いてみたりもしたが分からない。 (さっぱり分からん)  いっそのこと時間が止まってくれたらいいのに、と考えたりもしたが、そんな望みが叶うはずもなく。   終礼が終わり、クラスの中が騒がしくなった頃、優梨に第四選択室に来るよう告げられた。  第四選択室は校舎の一番奥にあり、放課後に人が来ることはあまり無い所だ。  永緒に先に帰ってもらうよう伝え、覚悟を決めて教室を出る。  素直に、答えは出なかったと言うつもりだった。  大きく深呼吸をしてから第四選択室のドアを開ける。  優梨はすでに来ており、こちらに背を向けて窓の外を眺めていた。 「祥、答えは出たか?」  優梨は窓の向こうを見たまま言う。 「うん……やっぱり俺、分かんなかった」 「分かんない?」  優梨がこちらを振り返る。 「ああ。優梨も永緒も好きだけど、好きの種類が違う。何でなのかは分かんない。でも、好きってそういう事だと思うんだ。いちいち理由つけてたらきりが無いっていうか、そういうのは感覚的なことだと思うんだ」  このような説明で納得してくれるだろうかと、優梨の顔色を伺った。 「なるほどね。じゃあ、俺と園山だったらどっちが好き?」 「だからっ、優梨と永緒の好きはベクトルが違うんだ。比べるなんてできねーよ」  どこか様子がおかしい。答えを焦っているような。優梨にしては珍しく余裕が無いように見えた。  「大体、何でそんな事聞くんだよ。お前、永緒の友達第二号になるとか言ってたじゃねーか」 「あぁ。あれ嘘だから」 「う、嘘? なんで?」 「いや、嘘って言うか冗談みたいな。俺、園山のこと嫌いだし」  最近になって薄々気付いてはいたが、気が合わないだけかと思うようにしてきた祥にとって、その言葉は少しショックだった。  先日、そんな三人でお昼を食べようと言ってしまったことを後悔する。 「何で優梨は、永緒のこと嫌いなんだ」 「祥が園山とばっか絡むからだろ」 「は?」  気が合わない、とか第一印象が悪い、とかなら頷ける。だが、優梨の発言は祥の予想の斜め上をいっていた。  まるで、『嫉妬』という言葉に犯されたかのような優梨は、徐々に感情を表に出していく。 「そもそも始めっから気にくわなかったんだよ、あいつの態度。祥がヘッドホン外せって言っても全然聞かなかったし、そのせいで祥を困らせるし」 「う、うん……?」  それはどちらかというと、優梨ではなく、祥が永緒を嫌いになる要素ではないだろうか。 「お前ら友達になるの絶対に無理そうだと思ったから友達になってみたら、とか言ってみたけど、本当になっちまうし」 「ちょ、ちょっと待て。お前、そんな事思ってたのか?」  今の話は寝耳に水だ。まさか優梨がそんな事を思っていたなんて。  「そうだよ。友達になるの失敗すれば、祥も園山のこと諦めるって思ったのに」  その言葉に、祥は眉間にしわを寄せた。 「じゃあ、もしかして俺んちで勉強会やった時も……」 「ああそうだ。園山に、祥はお前のヘッドホン外させるために友達の振りしてるだけだって言った。そしたら飛び出して――――痛ッて」  声の下から、祥は優梨に跳びかかっていた。  その反動で床に倒れた優梨の上に馬乗りになる。  それでも優梨は怯んだ様子を見せず、尚も喋り続けた。 「あの時は成功したと思ったぜ。しばらく園山が学校休んだもんな。それなのに、また仲良くなったと思ったら、いつの間にか付き合ってやがる」  祥はそれを静かに聞いていた。いや、静かに見えただけで、感情はこれ以上ないほど昂っていた。ほんのわずかな刺激でも弾けてしまいそうだ。 「園山のことは本ッ当に嫌いだ。こないだ三人で飯食った時も、コイツ早くどっかいってくんねーかなって思っ」  祥は優梨を黙らせた。その拳で。右頬を思い切り殴っていた。それでも彼は動じない。 

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