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「優梨……お前、ふざけるなよ」  祥は怒りに震える声で、唸るように言った。  あの時永緒はヘッドホンをしていなかった。優梨が思っていた事が全て聞こえていたのだ。だから永緒に元気がなかった。  優梨もそのことを知らなかったとはいえ、永緒のことが嫌いなら断ってくれれば良かったのに。 「何でそんな事したんだ! 勉強会の後、永緒スゲー落ち込んでたんだぞ。三人で飯食った時も、お前が永緒のこと嫌いだって、あいつには分かるんだ。お前は永緒を傷付けたんだよッ!」  そう叫んだ弾みに、優梨の頬に一粒の雫が零れ落ちる。 「ちょ、何で祥が泣いてんだ」 「永緒はっ……、永緒は誰よりも傷付きやすいんだ! 俺が守ってやるって言ったんだ。それなのに、こんな近くに敵がいるなんてッ」 「は、何だよ敵って!」 「永緒を傷付ける奴は皆敵だ!」 「お前、どうかしてるんじゃないのか」  その時、祥はもう一発目の拳を振りかざしていた。  握り締めた拳が優梨の左頬に当たる直前、教室のドアが勢いよく開く。 「祥、やめて!」  大きな声が響き渡り、祥はドアの方を振り向いた。  そこには、息を弾ませた永緒が立っている。  驚愕する祥は、ずかずかと歩みを進めてきた永緒に襟首を掴まれたかと思うと、無理矢理立ち上がらせられた。  「! な、永緒!?」  どうしてここに永緒が、という疑問と、いつになく荒々しいその行動に、祥は目を白黒させた。 「祥、筑戸は悪くないよ」 「悪くない訳ないだろ! 優梨はお前に嫌がらせしてたんじゃねーのかよ」 「まだ気付かないの? 筑戸は祥のことが好きなんだよ!」 「――――へっ?」  話が飛躍しすぎていて追いつけない。なぜそこで、優梨が自分を好きだという話が出てくるのだろうか。 「園山テメェ、何テキトーな事言ってんだ!」  優梨も立ち上がり、永緒の言葉に食いつく。その姿は、明らかに動揺していた。 「テキトーな事じゃない! 俺、人の心の声が聞こえるんだ。これを外せば、筑戸の思ってることが分かる」  そう言って永緒はヘッドホンを外し、近くにあった机に置く。 「ふざけるな! 何で今そんな冗談――」 「冗談じゃない! じゃあ、祥のこと好きだっていうのは嘘なの!?」  二人とも凄い剣幕で怒鳴りあっていたが、その一言が優梨を押し留めたように見えた。 「…………ッ、ああそうだよ。俺は前から祥のことが好きだった。でも、何で園山なんかに先に言われなくちゃならないんだ」 (え、えっ? ほんとに、俺のこと好きなの?)  目の前で何が起こっているのか、まだ頭で処理しきれていなかった。だが優梨の、嘘をついているとは思えない口ぶりに、それが事実なのだと教えられる。  それに、永緒は〝まだ気付かないの〟と言っていた。今までに気付くポイントはあったという事だろうか。 「永緒は、知ってたのか……?」 「そんなこと、俺が心の声聞こえなかったとしても、筑戸の態度見てれば分かる!」 「園山! お前もう黙ってろ」  二人がこんなに声を尖らせているのは初めて見たせいで、その勢いに圧倒されてしまう。  永緒も優梨も、普段は声を荒らげることはない。そんな二人が感情をぶつけ合っている事に、祥は未だ戸惑いを隠せずにいた。 「ゆ、優梨は俺のこと……」 「ああ、好きだ。お前らのこと邪魔したのだって、祥に対する独占欲でしかねーよ。お前、自分のこととなると本当に鈍いよな」  だから、永緒のことを自分から遠ざけようとしていたのだ。  そして優梨にやたらと構われるようになったのは、祥と永緒が付き合っていると気付いてからだろう。  「俺は中学の頃からずっと祥が好きだったんだ! それなのに、転校してきたばっかの奴に取られちまうなんて」 (中学の頃から!?)  そんなに前から想いを寄せられていたにも関わらず、祥は一切気付くことが出来なかった。そればかりか昨日の帰り道、あんなことを言ってしまった。  ――俺分かんないんだ。何で優梨は友達として好きで、永緒は恋人として好きなのか。  その言葉は、どれほど優梨を傷付けてしまったのだろう。  それについて悩んでいたせいで、永緒にも心配をかけてしまった。  祥は、二人に迷惑をかけまいとして、逆に傷付けていたのだ。  さっき優梨に偉そうな事を言ってしまった自分が恥ずかしい 「ごめん二人とも……俺、最ッ低だ……っ」  祥は、まるで床に叩きつけるかのように吐き捨てた。  自分の情けなさに、治まりかけていた涙が再び溢れ出す。  そこへ永緒が、祥の身体を優しく抱きしめてくれた。 「そんなに自分を責めないで。祥は、ちょっと頑張りすぎたんだよ」 「でも、優梨も俺のせいで辛かっただろ……」  自分がもっと早く優梨の気持ちに気付いてあげられていたら、こんな事にはならなかったかもしれない。 「ま、お前が鈍いって事は前から知ってたから別にいいんだけど。それにお前、本気で園山のことが好きみたいだしな」  そう言って優梨は右頬をさする。 

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