45 / 50
8-3
「うん……ごめん優梨」
「別に良いよ。言っただろ、好きになっちまったモンはしょーがない。俺も、祥も」
祥が永緒を好きなように、優梨も祥が好きなのだ。その気持ちは分かるし、大事にしたい。
欲張りかもしれないけれど、二人とも祥にとってかけがえのない人だ。
「俺、実は筑戸に感謝してるんだ」
ぽつりと永緒が呟く。
「は? 俺、何か感謝されるような事したっけ」
「俺と友達になるように祥にアドバイスしてくれなかったら、祥と俺は仲良くできなかった。勉強会の後も結局は祥がうちまで来てくれたし、それがきっかけで、祥が俺のこと好きだって気付いてくれた」
「うっわ、じゃあ俺がやった事全部、お前らの仲を深めてただけってことかよ」
優梨は惜しい事をしたという風に言った。そして、永緒のことをじっと見据える。
「俺は本当に祥が好きなんだ。お前にその覚悟があんのか?」
「――――うん。祥はずっと俺の傍にいるって言ってくれた。俺もそのつもりだよ」
「そうか」
優梨はそれだけ言うと、部屋を出て行こうとしてしまう。
「ゆ、優梨ッ」
「お前らに付け入る隙なんてねーんだな。俺、スゲー格好悪いじゃん。そういう事はもっと早く言えよ」
そう言い残して、教室を後にしてしまった。
その横顔は、力なく笑っていた。
優梨の見たことがない表情に、祥の胸は締め付けられる。
二人取り残された教室は、異常なほど静かだった。
「……祥、帰ろうか」
「うん……」
二人は教室を出て、学校の出口へと向かう。
だが昇降口に着いて、祥はあることに気が付いた。
「な、無い!? 俺の傘が無い!」
クラスごとに設置されている傘立てに、自分のものだけが見あたらなかった。どうやら誰かが間違えて持って帰ってしまったようだ。
「嘘だろ……まあ、コンビニで買ったビニール傘だから仕方ないか」
がっくりと肩を落としていると、横から永緒に声をかけられる。
「祥、俺の傘入る?」
「あ、うん……ありがと」
そして一本の傘に二人で入り、正門まで歩いていった。腕同士がぶつかるくらい近づいても互いの肩が傘の外にはみ出してしまったが、それを不快に思うことは無い。むしろ身体が密着している分、余計に相手を意識してしまう。
正門までの道のりはやけに長く感じられて。どんな話をすれば良いかも分からなかくて、祥は足元を見続ける。
ただ、優梨の言葉がいつまでも頭の中で反響していた。
優梨は自分のことを好きでいてくれた。だが、今日を境目に関係が悪化してしまったらどうしよう。そんな不安が祥の頭をよぎった。
「筑戸なら大丈夫だよ」
祥の不安を見透かしたかのように永緒が言う。ヘッドホンはしているのに。
「さっき俺、ヘッドホン外したでしょ。筑戸の心の声が聞こえてきたけど、筑戸は確かに俺のこと嫌ってた。でもそれ以上に祥のことが好きだって伝わってきたんだ。そこに、祥を心配している気持ちも混ざってた」
「心配……?」
「うん。俺が本当に祥にふさわしのか、っていう気持ちだった」
それは、中学生の頃から想いを寄せていた、祥のことをよく知っている優梨だからこその感情だろう。
「俺が祥とずっと一緒に居るって言った時、筑戸は始めて俺のこと認めてくれたんだ。筑戸は、本当に強い人だと思う」
「ああ、知ってる。アイツは本当に強いよ」
優梨の気持ちを無駄にしないためにも、これからも永緒との恋に真剣に向き合っていくつもりだ。
「永緒、お前のことが好きだ」
「うん。俺も、祥のこと好きだよ」
永緒の顔が近づいてきて、祥は静かに瞼を閉じた。
傘が二人の顔を隠す。その中で、二人は互いの愛を確かめ合っていた。
「……祥、どうしよう」
「? 何が」
「今すぐやりたい」
「ッ!」
実のところ、熱を孕んだキスに祥もそういう気分になってしまっていた。だが素直に認めるのが何となく恥ずかしくて、つい回りくどい言い方をしてしまう。
「永緒、超ラッキーだな。今日は父さんも母さんも夜勤で、弟も友達の家に泊まるって言ってたから、今夜うちには誰もいねぇ」
それが、祥の精一杯の誘い文句だった。
ともだちにシェアしよう!