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エピローグ 下ル下ル商店街新名物 ウサギの壁尻看板 1/2

下ル下ル商店街入口すぐにございます当店『キッチュ』は、紳士のための遊技場です。イベントは不定期開催のため、本日はお休みとさせていただいております。せっかくいらして下さったお客様には申し訳ございません。せめて当店の看板で、無聊をお慰めくださいませ。 テーマパークでお馴染みの陽気な曲が流れ、男女の笑い声があちこちでさざなみとなっている広場で、チュンは見知った顔を見つけて気安く声をかけた。 「よぉ『バトラー』、景気はどうだい」 満足げな表情で広場の一点を眺めていた『バトラー』は、チュンに向き直ると鷹揚に頷き、手にしていたアタッシュケースを軽く持ち上げて見せる。 「あぁチュン。おかげ様で。ウサギがちゃりんちゃりんと小銭を稼いでくれていますよ」 顎で示した先には、壁に向かって一心不乱に腰を振る男の姿があった。 チュンは知りようもないが、トオルが参加したビンゴゲームで勝者となった太った中年男だ。せっかくのハイブランドスーツが皺になるのも構わず、ズボンと下着を足首の位置でくしゃくしゃにたぐまらせ、肉の垂れた剥き出しの尻を前後に振っている。まるで、何かに取り憑かれたかのような勢いである。 男の股間の先にあるのは、黒いハイレグコスチュームを纏った下半身だ。尻の部分の生地に穴が開いているようで、中年男はその穴に怒張した性器を突き込み、快感を貪っている様子だった。 ハイレグから出た長く美しい足は肩幅に開かれ、黒いハイヒールで地面に立っている。その足首は、鉄枷で壁にしっかりと繋ぎ留められていた。 だが、ハイレグの腰から上はこの場に無かった。下半身だけが壁から唐突に生えているのだ。 マネキンか死体の下半身が壁に接着されているのかと、観光客の多くがぎょっとして足を止める。 だが、すぐにハイレグの足がガクガクと痙攣し、もっちりとした尻たぶにぎゅうっと力が入っていることに気付く。 そう、壁から突き出たすらりとした下半身は、生きた人間のものなのだ。 『壁尻看板の製作費、ですよ』 それが、『バトラー』がビンゴゲームの勝者に囁いた言葉だった。 人間が壁から下半身を突き出し、ただ欲望を受け止めるための穴として存在する様は、目にした者に酷く動揺を与える。その下半身を使って、中年男がひと目を気にせず快感を貪る様は、当然嫌悪の対象だ。 だが、よく見ると、壁から生えた下半身は限界寸前な程に勃起し、薄い生地の股間に大きな染みを作っているのがわかる。 拷問のような目に遭わされている壁の中の男も、興奮し、感じているのだ。 人の個を奪い、性欲処理のための穴として公然と扱うことの卑猥さ。そしてただの穴として扱われて快感を得てしまう、被虐と快楽への明白な耽溺。それを屋内遊園地のような明るい場所で目にする非日常が、そこには鮮明にあった。 観光客は「まぁいやだ」「よくも人前であんなことを」などと口々に非難しながらも、決してその場から立ち去ろうとはしない。眼前で繰り広げられる異常なショーに釘付けだ。それぞれの内に存在する欲望の醜悪さを自覚することのないまま、興奮に歪んだ顔で食い入るようにショーを見つめている。 ハイレグ尻の上部の壁には、カリグラフィー調の美しい文字で大きく 「Kitsch(キッチュ)」 「←スグソコ」 と書かれていた。 壁から生えた下半身を含めて、いや、下半身そのものが、遊技場『キッチュ』の看板なのだ。 注目を集める効果は、誰の目にも明らかだった。 「おぅっ、おうっ、もうだめだ、出すぞ、出すぞぉっ!」 腰を振っていた中年男が、人目も憚らず差し迫った声を上げる。 だが、絶頂への登坂を果たす直前に、中年男の目の高さの壁に、光で描かれた大きな「5」の数字が浮かび上がった。 「待ってくれ!あと少しなんだ!」 中年男の叫びもむなしく、光で描かれた文字は、「4」「3」「2」「1」とカウントダウンしていく。 そして遂に「0」が表示されたとき、ゴゴゴゴと地鳴りのような音を立てて、壁に切れ込みが入った。 ハイレグの下半身を中心に壁が四角く切り取られ、その部分がゆっくりと回り始める。直前まで中年男の男根を抜き差しされていた見るからに緩そうな穴が、壁の向こう側に消えていく。 代わりに現れたのは、胸元までのぴったりとしたコスチュームに身を包み、頭にウサギ耳のカチューシャをつけた若い男の上半身だった。手錠をかけられた両手を、壁の向こうにある己の性器の位置に当て、もどかし気にさすっている。くりっとした大きな目は快楽にとろけつつも、果たせない絶頂への苦悶に細められていた。 「やぁっ……ああっ……いかせて……頭おかしくなる……お願い、いかせてぇ……」 頭をぶんぶん振り、先ほどまで己の尻を犯していた中年男に甘えた声で強請る。 「おおよしよし、可哀想にな。すぐにもう一度入れてやるぞ。……ぐっ!手持ちのコインが!待ってろ、すぐにどこかで両替してくるから!」 財布を確かめた中年男は血相を変え、自分のズボンと下着を引き上げると、ジッパーを上げるのも惜しいといった様子で広場からいずこへか走り出ていった。 その場に残された壁の青年は、「やだあぁ」と切なげな声を上げ、顔をくしゃくしゃにしている。 壁に阻まれて、自分の下半身に触れるどころか見ることも出来ない青年は、途中で放り出されて辛いのか、半泣きで「いけないよぉ、いかせてぇ」と誰にともなく懇願した。 だが、観光客たちは壁から生えたウサギ男をジロジロと眺めるだけだ。誰も触れに行く気配はない。 このままでは埒が明かないと悟ったらしいバニーコスチュームの男は、手錠をかけられた不自由な手で、のろのろと汗や涙の跡を拭った。 そして、『バトラー』に教えられた通りに広場の人間に声をかけ始める。 「み、皆様、当店は紳士のための遊技場『キッチュ』です。本日は、イベントがありません。その分、ど、どうか、このウサギのショーをお楽しみください」 先ほどまで入れられるための尻の穴でしかなかった存在が、急に人間の言葉を話し始めたことに、観光客たちがどよめいた。 「た、大変です!おっちょこちょいのウサギは、尻尾をどこかに落としてしまいました。お尻が、さ、寂しくて、寂しくて、いてもたってもいられません。どうか新しい尻尾を、お、お尻に、い……入れて……ください」 最後は消え入りそうな声になりながらも、顔を赤らめ、目を潤ませて、ウサギは広場の観光客達に訴えかける。 「お客様のお手持ちの、お、大きくて太くて長いもの、ウサギのお尻に……入れて、みてください。さ、さぁ、ウサギの気に入る尻尾はあるでしょうか。気に入れば、ウ、ウサギのお股から、白い……う、嬉し涙が……溢れる、でしょう……」 コミカルな言葉で語られる内容は、まるで子供向けのショーのようだ。だが、地上での刺激に飽いた大人しかいないこの場では、誰もが当然に、もっと卑猥な想像をする。 そしてそれは、間違いなく正しい。壁ウサギは自分の尻穴に嵌めてもらうために、懸命に観光客の気を引いているのだ。 「尻尾チャレンジは、一回たったの五百円。料金箱に五百円玉を入れてくれたら、壁が回って、ウサギのお尻が現れます。制限時間は五分間。その間に、お好きな物を……ウサギのお尻、に、入れてみてください。うぅ……どうか、どうかお願いします。入れてもらえないと、俺、俺……!五百円、五百円だからっ。おじさん、お願いします!入れて、我慢できないんだ、お尻に入れてくださいぃっ……!」 せっかく順調に説明できていたのに、最後にはもう耐え切れなくなったのか、ウサギは叫ぶように懇願していた。中途半端にされた尻が切なくて、中を満たされ肉襞を擦られる快感が欲しくて欲しくて、気も狂わんばかりなのだ。 「へぇ、壁尻ウサギ看板くん、ちゃんと働いてんのね。ギャンブル狂だったのに偉いじゃん。一回五百円てマジで小銭だけど」 感心しつつも単価の安さを鼻で笑ったチュンを、『バトラー』が「とんでもない」と嗜める。 「時給にすればなかなかのものですよ。ロクな職歴なし、資格なし、特技といえば尻から物をひり出すことくらいという、工業高校中退の二十代男性です。スペックを考えれば、十分立派に稼いでいると言えるでしょう。一日たったの五時間労働で、きっちり休憩も与えています。好きなことを仕事にできて、彼にとっても良い職場と言えるのではないでしょうか」 そこに、当人の尊厳や将来といった視点はない。だが、ギャンブルで作った借金をギャンブルで返すような生活をしていたことを考えると、『バトラー』の言う通り、しっかり労働するようになっただけ立派だ。 壁の一部が自動で回転するという大掛かりな仕掛け看板を作れたのは、もちろんあのビンゴゲームで勝利した中年男が出資したおかげだった。ウサギを見守る監視カメラはもちろん、体調に異変があればすぐに『キッチュ』に知らせるシステムまで組み込まれた看板の製作費は、ビンゴゲームの賞金と同程度の額だった。 つまり、遊技場『キッチュ』は、下ル下ル商店街入り口広場の新しい名物となった壁尻ウサギ看板を、全く懐を痛めずに手に入れたことになる。看板に使っているウサギは、自分の食い扶持程度は自分で稼いでいるし、いいことづくめだ。 もちろん、看板を設置した当初は、ウサギも客引きなどできなかった。 「なんで俺がこんなこと!てめぇ絶対頭おかしいだろ!」 壁に固定され身動きできない身でも、そんな風に『バトラー』を罵っていたものだ。最初の客が物珍しさに五百円玉を投入し、壁が反転し始めた時には、真っ青な顔で「嫌だ!頼む!頼むからぁっ!」と涙を流していた。 だがそれが今や、客が五百円を支払ってくれると、「ありがとぉ、早く、早くぅっ」ととろける笑顔で壁の向こうに飲み込まれていくようになったのだ。随分成長したものだ。 しかし、ウサギにとって悲しいことに、なかなか『お股から白い嬉し涙』は流せずにいる。ビンゴゲームの最中に使われた薬の影響で、単純な刺激では射精できなくなっているのだ。 客はウサギ自身の満足など考えず、己の欲を満たすためだけに腰を振る。中には遊び半分でゴミやおひねりを入れていく女もいるが、彼女たちも嗜虐を楽しんでいるという意味では性器を挿入する男と同様だ。 人間ををただの穴として扱う嗜虐の悦び、そして、それを周囲に見せ付ける快感に酔っている。 ウサギの敏感な肉壁は、単純な挿入やピストンでも激しい快感を得るようになってはいるが、それだけでは絶頂まで程遠い。しかも、五分ずつの細切れとなると、もどかしさは推して知るべしである。 結果、ウサギは常に尻穴をひくつかせ、何か入れてくれと誰彼構わず懇願する破目になっているのだ。

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