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俺と幼馴染の事情④
思えばきっかけは他愛のないものだった。先生に言われて転校の挨拶をしたとき、クラスの女の子が、「かずみくんだから、かっちゃんね」って、俺の呼び方を無邪気に決めたこととか。それがクラスの中で一番可愛いと評判の子で、後ほど聞いたところによれば、あいつが憧れていた存在だったこととか。
「オレはかつみだから、かっちゃんなの! かずみなんて、おんなみてぇじゃん!!」
俺にしてみりゃ別に呼び方なんてどうでもいい。母親の呼び名は「かずくん」だし、親父は「かずみ」で呼び慣れた愛称でもなかったし。だがこちらに非があるような、ましてや女呼ばわりを聞き流せるほど、当時の俺は大人じゃなかった。
男だから女だから以前に、母親の教育のせいか、女性はか弱いから守らねばならぬと思い込んでた俺は、弱虫呼ばわりされたような気がしたからだ。
まぁ、後々聞けばあいつの言葉には特に意味もなく、遊びに行ったときに挨拶した姉ちゃんズを見て、母からの薫陶は、綺麗さっぱり捨て去ることに決めたのだが。
結果的に教室中を巻き込んだ騒動は、その夜親と一緒に謝罪に来たあいつが、俺の親父の作ったホールケーキを、そりゃもう嬉しそうに食った瞬間解決した。
母親の言っていたのがこいつだと知ったのも驚いたが、ケーキひとつでこれなんて、なんて現金なやつだろうと呆れる。
「こんなうまいケーキ、食ったことないっ!!」
だが遠慮もなく一人で半分以上平らげた上に、それを作った親父に熱烈なラブコールを送る様子を見ていたら、許してやるかという気にもなる。親父のケーキは美味いしな。
大好きな親父を褒められたのだ。そうだろうそうだろうと寛大な気持ちにもなろうというものだ。
「しかたないから、かっちゃんはお前のだ」
だがそう言われると、なぜだか反発したくなる。
「いいよ、お前がかっちゃんで」
「え~、よくないっ!」
そしてまた始まる大ゲンカは、親たちに引き剥がされてもの別れに終わった。
ここまで来ると意地の張り合いだ。以来、お互いがお互いを「かっちゃん」と呼ぶようになったのだが。
かっちゃん、……なぁ。
幼稚園、小学校はいい。中学もまぁいいだろう。
だが、流石に来年は高校だ。さすがに「ちゃん」づけはどうだろう。
あいつはまったく気にする様子はないけれど、俺はなんとなく気になった。
「なんだよ」
「いやいや」
意味深そうに笑う矢部をとがめると、「お代官さまには敵いませんなぁ」と言われた。悪代官ごっこは止めろって。さっきのびゅーんといい、お前は一体いつ生まれだ? 今は令和の時代だぞ。
窓の外を眺めると、ピースサインしたあいつの周りにみんなが集まっている。まったく。
矢部を無視して本の続きに目を落としつつ、俺は心の中で嘆息した。
なぁにが、「かっちゃん」だっての。
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