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放課後お菓子と幼馴染の事情①
「うひゃひゃひゃひゃっ!!」
突然立てられた怪音に、思わず手が出た。大きく振りかぶって、頭上から。
「いてぇっ!?」
そんなに力を込めたつもりはないのだが、込めすぎただろうか。かっちゃんは頭を抱えようとして、手にしていたフォークを落としかけた。
「おおっとぉ!」
あわあわと手を交差させると、すんでのところで柄をひっつかんで、お互いほっと胸をなでおろす。
口を尖らせて恨めしそうに向けられた視線。いや、こっちの方が驚いたし。
「だってよ、このケーキが全部オレのだって思ったらさ」
放課後、俺の家。
キッチンの上には先ほど焼いたバナナのパウンドケーキが載っている。俺の手作りだ。
うへへと笑みを浮かべたかっちゃんは、いそいそとイスに腰掛けると、フォークの先をぱくんっと口に入れてもぐもぐする。行儀が悪いが、褒められてると思えばとがめるのも野暮な気がしてくる。
とはいえ間違いは正すべきだろう。
俺は手にしたナイフを振り上げると、かたわらの悲鳴を無視してケーキを真っ二つにした。
「半分は俺のだ」
「あうぅぅぅ……、ひゃい」
ケーキ屋をやっている親父の影響で、俺も小さい頃からよく菓子を作っている。親との遊びが菓子作りとか、珍しいとよく言われるけど、本人同士が楽しけりゃいいんじゃないかと思う。
菓子が作れるって安上がりと思うだろうが、材料費も結構馬鹿にならない。少ない小遣いでは週に一度がせいぜいだ。お高いケーキにはちゃんと理由がある。
そんなわけで毎週土曜日の授業が終わったらと決めているのだが、こいつは幼馴染の特権をフル活用して、土曜日は俺の家と決めてるらしい。なんてやつだ。
かっちゃんは、手にしたジョッキをあおると、ぷはーっと息をつく。
ジョッキの中身は並々と注がれた牛乳だ。親父の職業もあって、2リットルパックはいつも常備されているけれど、俺も弟も牛乳はそんなに飲まない。菓子を作るとき使うくらいだ。
よって、うちの牛乳はもっぱらかっちゃんが消費していた。
彼は傍らのパックからまた牛乳を注ぐと、元気に「いただきます」と手を合わせ、握られたままだったフォークを構えて、ぱくりと一口。
きゅうと、目を閉じると口をすぼめて、握った拳を震わせた。
「かっちゃん!!」
そして重大な秘密でも打ち明けるような、真剣な眼差しで、大きくうなずく。
「かっちゃん今日も最高だよ! 愛してるっ」
かっちゃん今日も最高だよ(ケーキが)! 愛してるっ(かっちゃんの作ったお菓子)
言葉は正確に使いたいものである。
大体「愛してる」も、昔からの口癖のようなもので、いちいち気にしてはいられない。
こいつの酔狂な発言は、学校中どころか町内会や商店街中でも有名で、すでに撤回する気にもなれない。
「ほんとかっちゃんたちは仲がいいわねぇ、おほほほほ」
その微笑ましげな笑顔の意味を問いただしたい気持ちはとてもあるのだが、あらあらあらっといった感じで流されて、ますます謎が深まるだけだし。
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