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1-1 低空飛行の恋愛運

閉店を知らせる音楽が漏れ聞こえてくるスタッフルーム。 そろそろレジを締めて日報を作成。 明日のつり銭を確認して、現金を金庫に保管。 消費期限の迫った商品が残ってないか確認して、戸締りをして、それからそれから・・・ しなくちゃいけないことはたくさんあるのに、涙でにじんだ顔を上げることさえ出来なくて。 僕は、丁寧にアイロンがけされたハンカチを握りしめて泣いている。 「えっと・・・落ち着くまで、休んでていいからね?」 困った顔のあの人から、手渡されたハンカチ。 スーハーと思わず匂いを嗅いでみるけど、無臭で。 匂いがしない。 そんなことまで悲しく感じてしまうくらい僕はへこんでいた。 壁際に並んだロッカーと、今は誰も使ってないから扉が開いたままの一人用の更衣室が二つ。 ここは、昼休みを交代で取るときは、お喋りと笑い声で満たされていて。 今日だって、あの人と一緒にご飯を食べて、すごくすごく幸せだったんだ。 あの人が座っていた場所を思わず見てしまい、うるうるとまた涙がにじむ。 つい、二人きりで。 つい、告白してしまって。 玉砕。 後番だったパート社員の藻井さんにも慰められて。 あの人と顔を合わせづらいなっていうのはあったんだけど。 あの人が帰ってからも、ずっとずっとこの部屋から出れなくて。 こんなことしていたら、だめだ。 ちゃんと仕事しなくちゃ、あの人をもっと困らせてしまうってわかってるのに。 今日は平日だから、閉店間際のこの時間は二人しかいないんだ。 そう、僕と。 さっきまで、学生アルバイトとしか思ってなかった、あの、あのぉぉぉぉっ! 言われたことを思い出して、ブルブル手が震える。 僕がここにいるせいで、きっと締め作業も全部してくれているよね。 感謝こそすれ、行き場のないこの気持ちをぶつけちゃだめだってわかってるんだけど!! ダバーーーッと涙腺が決壊しっちゃって止まらない。 うぅ、僕なんて、干からびてこのまま死んじゃえばいいのに。 背中を丸めてテーブルに額を乗せる。 先週は、この場所で正社員採用御祝いの会を皆さんに開いてもらって。 すごく、すごく、楽しかったなぁ・・・ 夕暮れの日差しが、磨りガラスの窓から差し込んでいるこの感じは同じなのに。 あの時は、正社員で採用されたことより、ずっとあの人と一緒に働けることが嬉しかったなんて下心もあったから。 思い出したら、もっともっと気持ちが沈んでしまう。 僕は、Ω。 番がいないと、定期的にやってくるヒートのせいで定職になかなかつけないバース性。 そんな僕が、人生で初めて正社員で雇用してくれたのがここ『ゆらファーム』 昔に比べたら、Ωに優しい社会へ変革されているけれど、ここほどΩをありのまま受け入れてくれるところはないよって言われていて。 採用されてから聞いたんだけど、Ωの中では手厚い環境でとても有名な就職先。 すっごい競争率らしいんだよね。 隣接する畑で作った野菜を販売したり、僕が就職してからは花の栽培スペースも増やしてくれてね。 人それぞれ、出来るところを仕事につなげてくれてる僕の新しい職場。 でも、明日から出勤しづらいよ・・・ 柳原 千尋(やなはら ちひろ)、21歳。 本日、勤め先の『ゆらファーム』で一番偉い人に失恋しましたぁーーーっ

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