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《9》
「なっ…、えっ…?」
勇介の方が高音が出ていたし、明らかに上手いはずだ。
それなのに、良次の声にいつの間にか引き込まれる。
寧ろ、良次の歌声の方が力強ささえ感じる。
「っ…!」
良次と目が合う。
片方の口の端を持ち上げて、良次がニヒルな笑みを浮かべる。
良次が、俺だけを見ている。
愛の言葉を囀りながら。
これは、何ていう歌なんだろう。
サビしか聞き覚えがないけれど、たった今好きになってしまった。
情熱的なラブソング。
多分、良次は、今。
俺の為だけに歌っている。
こんなカッコイイ良次を、皆に見て貰いたい様な、誰にも見せずに隠してしまいたい様な。
水溜まりに油が広がる様に、斑な感情が俺の胸の中で渦巻いている。
「あ…」
数曲目で、聞き覚えのあるメロディーが流れる。
俺が、即席で言った曲。
良次の歌声が、鼓膜を震わせる。
昔流行った時の歌手の歌い方とも、最近のカバーされた方の歌い方とも違う。
この曲を、良次は何度か聞いた程度だと言っていた気がする。
それを、たった今、良次は自分のものにしてしまった。
練習も何もなしで。
「な、大丈夫だろ?」
優の言葉に、小さく頷いて後ろを見れば、良次目当ての女子達が目を輝かせてうっとりと見つめていた。
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