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第6話
手に取ると一気に当時が蘇ってくる。
小さい頃は良く遊んで貰ったし、後ろをついて回り、パンの作り方も沢山教えて貰った。
でも、いつの頃からか後ろをついて回らなくなったし、父親も忙しくしていたから会話も少しづつ減っていった。
学校行事も母親とパン屋のスタッフ達が来てくれたりしたけれど父親が催事で来れなくなる日が増えていつの間か居ないのが当たり前になっていった。
テストで良い点を取ると報告していたのにそれも無くなったし、部活始めても応援に来れない時の方が多いから特に報告もなし。
誕生日も大きなケーキを作ってくれていたけれど、それもいつの間にか父親と一緒に切り盛りしていた年配の男性鈴木のおじちゃんが作るようになってしまった。
自分より仕事、お客さんが大事なんだって感じるようになってからパンが嫌いになった。
「なあ、おじさんのパン屋の名前なんで十五夜か知っとー?」
後ろで声がして驚いて振り向くと恭平がタオル1枚で立ってた。
「ば、お前なんて格好」
「一護もじゃん、風邪ひく」
恭平はギュッと一護を抱きしめた。
「ば、ばか」
慌てて恭平を押しのけると「着替え、父さんのなら着れるだろ?」とスエットっぽいのを出す。
「パンツは?」
「あ、」
タンスを漁ると真新しい下着を見つけて恭平へ渡した。
「お前も服着らんと襲うぞ」
恭平の言葉に慌てて自分の部屋に駆け込んだ。
部屋に戻って気付く、自分が描いた絵を持ってきていた。
テーブルに置いて服を着る。
恭平が戻ってきて「で、さっきの質問の答え」と言ってきた。
そういえば知らない。
パン屋は十五夜という名前だ。
「お前のいちごって名前かららしいよ」
「えっ?」
一護という女の子みたいな名前は産まれた夜が満月の夜だったからって母親が言っていたのを思い出した。
「おじさんね、パン屋の前は会社員でしかもブラックやったんやと、朝早くでて深夜に帰るってやつ。おばちゃんも遅くまで起きて待っててくれたりしとったって、で、お前が出来たって知った時にこのままじゃ子供と会う時間が少なくなるかもって会社辞めて元々やりたかったパン屋始めたって。それでおじさんの親にお金ば借りて家と店を一緒にしてお前と遊びながら仕事できて楽しかったっておじさん言うてたからな。で、パン屋の名前もお前の名前を取って十五夜」
名前の由来を知らなかった。まさか自分の名前から取っているとか思わないし、自分と遊びたいからパン屋始めたとか。なんだよそれって思った。
「俺さ、おじさんの作るパン凄く好きったいね、ここの商店街の皆もそうやし、百貨店にくるお客も好きなんよね、味もそうなんやけど、おじさんの人柄が1番なんやけどね、おじさんいた頃ってひっきりなしに人がおったやろ?お前、面倒くさそうにしとったけどさ」
思わぬ指摘にちょっと睨む。
「それだけ慕われてたって事やし認められてたって事だよな?一護、前はパン屋になるって言ってただろ?」
「それは小さい頃の話だろーが」
「知ってるんだからな」
恭平はニヤリと笑うと「お前なんだかんだいいながらパンの勉強してたやろ?」と続けた。
「は?しとらんし!」
一護は思わず目をそらす。
「お前、自分の癖わかっとらんやろ?嘘つくと目をそらすんよねえ」
恭平は目をそらした先に回り込む。
「うざい」
違う方へ視線を向けるといきなり風景が一気に動いた。
それは恭平が一護をベッドに押し倒したから。
また抑え込まれた。
「一護、お前会社辞めてパン屋やれよ」
「は?なんで?」
「お前ならおじさんの味再現できるけんに決まっとろーが」
「嫌やし!」
「おばちゃん悲しませて良かとか?おじさん死んでからおばちゃん悲しい顔ばっかしとる。たまに1人で泣きよるとぞ?お前一人息子やろ?どがんも思わんとか?」
両手を押さえつけられて怖い顔で言われた。
怒った恭平を見たのは高校が最後。
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