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第8話
キスが終わって恭平に抱きしめられながら「パン屋やってみろよ、本当はやりたかったんやろ?」と言われた。
忙しくなって自分に構わなくなってしまった父親を一方的に嫌いになって遅い反抗期をやってしまい、後で後悔したけれど謝る事も出来ずに突然亡くなってしまった。
葬式でぼんやりと亡くなった父親の顔を見ていた。
事故ではなかったから眠っているだけのようで実感がなくて涙が出ない。自分でもこんなに冷たい人間だったのかと怖くなった。
父親が家で催事の話を楽しそうにしていたのも当時は嫌で自分や母親と居るよりもそんなに楽しいのかと腹が立った。
大人になった今なら子供だったなと思う。
社会人になってお金を稼ぐという事を体験し、働く事が大事だとちゃんと理解したし、仕事で穴を開けると金額の損害だけではなく多くの人に迷惑がかかってしまうという事も学んだ。
だから父親は無理をしていたのだ。
もし、父親を理解して手伝っていたら父親は死ななかったんじゃないかって自分を少なからず責めていた。
体調がすぐれないと気付いて病院に行かせられたんじゃないかと考えてしまう。
「俺なんてオヤジの味を出せるわけないし、中途半端で逆にお客に失礼だと思う」
「はあ?なんば言いよっとか!」
いきなり大声出されて一護は驚く。
「そげんとやってみて言えや!逃げる口実でそげん事言うなら幻滅するぞ」
迫力がある恭平に固まる一護。
「作ってみろ」
恭平は起き上がると一護も起こす。
「機械はなおばちゃんが毎日使えるように見よったけん直ぐに作れる、おばちゃんはきっとお前にやって欲しいけん毎日欠かさず掃除やら点検しよったと思うばい?」
立ち上がらされて真っ直ぐに見つめられる。
「粉とか」
「そげんと俺に任せろ」
恭平はどこかに電話して何か頼んでいた。
「了解かい。じゃあ、30分後」
と言って電話を切り一護に視線を向ける。
「材料が届くばい」
ニコっと笑い、一護の手を取り下へと向かう。
◆◆◆
恭平と待っていると約束より早くチャイムが鳴った。
出てみると「いっちゃん久しぶり」と鈴木が粉袋を担いで立っていた。
「おじさん」
「ここ閉まってから他所でパートしたり粉とかの下請けとかしよるとよ」
鈴木は結構な年で年金で暮らせるはずだが働く方が好きだって言っていた。
「おっちゃん、一護がパン屋さんやってみるって」
「ちょ!恭平!!」
まだやるとは言っていないのにそんな事を言われると逃げられなくなる。
「本当に?」
鈴木の目が一気に涙目に。
「えっ、あの」
どう言って良いか分からず恭平に視線を向けるとニヤニヤしている。
絶対にコイツわざと言った!!と確信した。
鈴木は粉やら何やら運んできて嬉しそうに「俺も手伝うけん」と言う。
「いつか、いっちゃんがパン屋さんやってくるっちゃなかやろうかって話よった。良かった、良かったなあシゲちゃん」
シゲちゃんとは一護の父親の愛称。
◆◆◆
店の機械は使い方をちゃんと覚えていた。
オーブンも何もかもちゃんと動く。恭平が言う通り、母親は自分にパン屋さんをやって欲しかったのかも知れない。
この場所でたまに父親にパン作りを習った。レシピも惜しみなく教えてくれたし、レシピノートをくれたりもした。
今なら分かる。父親も自分とパン屋をやって欲しかったのだ。
就職するって報告に来た時「そうか、頑張れ」って笑ってくれたけど、何か寂しそうな顔をしていたのを覚えている。
ただ、一護も心のどこかで店を一緒にやってくれと言われるんじゃないかって期待していた。言われたら初めは断って、そこまで言うならって渋々やるという想像をしたけれど、頑張れって言われてガクッと力が抜けた。
自分でもアホだと思う。恭平の言う通りだ。
やりたかったくせにムキになってやらないって態度に出していた。
素直になれば良かったのにどうして意地を張ったのだろう?
いつでも出来ると思ったから?自分の事なのに分からない。でも、結局は一緒には出来ない。
本当にバカだ。
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