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第9話

パンが焼き上がろうとしたときに凄い勢いで玄関のドアが開いてドタドタと走ってくる足音。 「パン誰が焼いてるの?」 凄い形相で母親が帰ってきた。 「一護」 「いっちゃんだよ、ゆりちゃん」 恭平と鈴木の声が揃う。 「一護」 一護を見る母親の目が一気に涙目に。 「良かった、お父ちゃん喜ぶね」 ポロポロと涙を零しながらに言う。 「ちょ!母ちゃん」 まだやるって言ってないと言いたかったけれど言うのを止めた。葬式の時、泣かずに仕切って夜中に声を殺して泣いていた母親が人前で泣いているのだ。やらないと言えない。 「商店街歩いてたらね、ゆりちゃんとこからパンの匂いしてくるよってみんなに言われて」 母親は涙を拭いながらに走ってきた理由を話す。 やばい……そうか、匂いがもれるよな。って事は?と一護はシャッターポストからそっと外を見た。 人が集まっている。 「マジかよ」 一護の呟きに恭平が「もう逃げれないな、覚悟決めろよ」と耳元で囁く。 「でも」 「大丈夫、俺と鈴木さんついてるやん?それと自分の腕信じろよ。おじさんが言ってたんだけど、一護は1度教えただけで何でも作れるし、自分のより美味しいって」 恭平の言葉に驚く。 何それ?父さんがそんな事? 「おじさんはお前とパン屋さんやりたかったんだよ。でも、大学行って就職決めてきたお前に一緒にやろうって言えなかったんだ。一護が決めた人生の邪魔出来ないって。こういう客商売ってある意味博打だろ?飽きられたら終わりだし、だから無理に引っ張れなかったんだ」 そうだったのかと思うけれど、それは恭平ではなくて自分に言って欲しかった。今更だけど。 話をさせないようにしていた癖に狡い考えだ。 「やってみろって!俺はここのパンが世界一好きなんだ。待ってる客だってたくさんいる。現に外に人がいるだろ?パンの匂いがするってだけでさ」 恭平の言葉は一護の迷いを消した。 本当はやりたかったって心が叫びそうになる。 就職先で遊びもせずに貯金ばかりしていたのも店に何かあった時の為だったし。 「いっちゃんが本気でやるなら呼び戻せるよ?」 鈴木が微笑む。 「誰を?」 「ここで働いていた人達と催事のエキスパート」 「エキスパートなら俺がおるやん!」 ニコっと微笑む恭平。 「みんな待ってるぜ?」 その言葉に一護は頷いた。 出来上がったパンは全員に好評で「うん、しっかりとシゲちゃんの味がするよ」と父親と一緒に仕事していた鈴木に言われると安心できた。母親と恭平にも言われてもうやるしかないと思った。 そこからは早かった。転勤させて貰ったのに辞めるのは申し訳なかったのだが上司がなんと一護のパン屋さんのファンで跡を継ぐと伝えると喜んでくれたのだ。 1年前に閉まってから寂しかったって言われてどれだけ愛されているか嬉しくなった。 でも、直ぐには辞めれなくて本格的にパン屋をやるまでに3ヶ月かかった。 でも、用意とか色々あったから丁度良かったかも。 前に働いてくれていたスタッフも戻ってくれて「また、ここで働ける」って喜んでくれたのが嬉しい。 リニューアルオープンしますとシャッターに貼り紙をすると商店街の人達がワイワイ集まってくれて一護を見て「いっちゃん、ありがとう」と何故かお礼を言われたのに驚いた。 「みんな、この店閉まって寂しかったとよ、ここのパンの味ば忘れられないけんな」 そう言われて一護は帰ってきて良かったなって思った。 何故に都会であんなに腐っていたのだろう?こんなにも待ち焦がれてくれていたのに。愛されていたのに。 話を一方的に聞かなかったのは自分で、拗ねていたのも自分だけだ。 過去の自分をグーパンしたいと心から思う。 「一護!!」 恭平がやってきて「催事決まったぞー!」と言ってきた。 「は?催事?」 「8月にパンフェスがあるんだそこに十五夜を入れ込んだ」 「なっ!!恭平お前勝手に」 話聞いてないって震える一護に恭平は「おばちゃんには言ったけど?」と言う。 「母ちゃん!!」 キッと母親を睨むと「あんた、直ぐにイヤイヤ言うやん?決まってしまえばイヤイヤ言えんし」と真顔で言われた。 ちくしょー!!と地団駄踏みたい気分だった。

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