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第3話
「ただいまー」
ようやく家に帰ると、リビングのドアが激しく開いて姉の留衣 が顔を覗かせた。
「ちょっと蓮、傘持っていかなかったでしょー! ビヨンセ濡れてない!?」
一つ年上の留衣は、実家住まいの大学三年生だ。
顎までの金褐色の髪に、マスカラで強調された大きな瞳と赤い唇は、いつ見ても派手だと蓮はこっそり思う。
ちなみにビーの本名はビヨンセという。ビヨンセにはまっていた留衣が独断で付けたその名前は、人前で呼ぶには抵抗があるので蓮はいつもビーと呼ぶことにしている。
「知らない人が傘貸してくれたから大丈夫だったよ」
「マジ? そんな漫画みたいなことする人、いるんだ」
「うん。俺もびっくりした」
「近所の人かな。もし会ったら返しときなよ」
そう言うと、留衣はビーを抱えてリビングに戻っていった。
玄関でまだ雨水が滴っている傘を見ると、申し訳なさでいっぱいになる。
あんなにびしょ濡れになって、あの人カゼひかなかったかな。
あの夕立の中、なんのためらいもなく傘を貸してくれるなんて。
鼻先をかすめた石鹸と煙草の匂いがふっと蘇って、鼓動が少し早くなる。
もう一度会って、ちゃんとお礼を言おう。
そう決意すると、蓮は濡れた服を着替えるために自分の部屋に向かった。
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