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第5話

 修司のアパートは、公園から歩いてすぐの住宅街の中にひっそり佇んでいた。    赤茶けた色合いの屋根と、地震が起きたら崩れるんじゃないかと不安にかられる、ひびの入った外壁。見るからに、これ以上ないくらい年季を感じる建物だ。敷地内は草が刈られていて、最低限手入れされているように見えるのが救いだった。  ぽかんと口を開けている蓮の顔を、修司はにやにや笑って眺めている。 「築三十五年で家賃三万の物件。すごいだろ」 「はい……。お化け屋敷みたいです」 「ははっ! きみ、感想がいちいち正直だな」  待ってて。と言い残すと、修司は三つドアが並ぶ一階の一番端の部屋に消えていった。  二階にも三部屋あるのが見えるけれど、人が住んでいる気配は感じられない。  ビーが心細そうに辺りを見回している。  こんなぼろアパート、他に住んでる人いるのかな。中はどうなっているんだろう。  あまりの衝撃にくらくらしながらも、蓮は剥き出しの腕にやってきた蚊をぱしんとはたいた。    少し経ってがちゃりとドアが開いて、文庫本を手に修司が戻ってきた。 「とりあえず、一番最初に書いたやつ貸しとく。暇な時にでも読んで」 「ありがとうございます!」 「ほんとはさ、あんまり知り合いに読まれたくないんだけど。片桐くんは特別な」    修司の口から出た「特別」という言葉が嬉しくて、蓮は口元がゆるむのをこらえた。嬉しさついでに思い切って口を開く。 「あの。俺の事は名前でいいです。友達みんな『れん』て呼ぶから」 「そうか。じゃあ、俺のことも好きなように呼んでいいよ。お互い様ってやつ? 違うか」 「それじゃあ、修司さんで」 「……この年で下の名前で呼ばれるって新鮮だな」  修司はぼそりと呟いたが、ふっと柔らかな笑顔を蓮に向ける。 「よろしくな。蓮」  名前を呼ばれると、思いがけず心臓が跳ね上がった。  俺、絶対今、顔赤い。ばれてないといいけど。  蓮は弾む胸を誤魔化すように「はい!」と大きく返事をした。   ---    家に帰ると、留衣はどこかに遊びにでかけているようだった。  夕飯の支度をしていた母親の晴子がキッチンから声をかけてくる。 「おかえり。夕飯もうできてるけど、どうする?」 「あとで食べる! 取っておいて」  えー、と不満そうな晴子にビーを預けると、蓮は慌ただしく自分の部屋に戻った。  わくわくしながら借りた本を開く。『赤の慢心と黒の憂鬱』というその小説は、一人しか出られない部屋に閉じ込められた男女を巡るミステリ仕立ての物語だった。冷静で乾いた語り口と、たたみかけるような疾走感のある文章にぐいぐいと引き込まれる。    すごい。本当にあの人小説家なんだ。  完全に圧倒されて、蓮は思わず溜息をついた。 「れんー! ご飯食べないのー!?」  下の階から響き渡る晴子の大声に、蓮ははっと我に返った。時計を見ると、もう二時間近くも小説に熱中していたことになる。 「今行くー!」  早く続きが読みたくてたまらなかったけれど、蓮はしぶしぶ晴子の待つリビングへ向かった。

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