6 / 14
第6話
二日後、蓮は再び修司のアパートに向かった。
本当は一日も早く感想を伝えたかったけれど、さすがに毎日行くのは仕事の邪魔になるかと思ったからだ。
インターホンが見当たらず、ところどころ塗装が剥げているドアをノックしてみる。
「修司さーん。いますかー?」
おそるおそる声をかけると、しばらくして物音と共にドアが開いて修司が顔をのぞかせた。
今日は白いTシャツと部屋着みたいな黒のパンツ姿だ。髪に寝癖までついていて、住むところだけでなく外見にも無頓着らしい。それでもサマになっている修司を見ると、生まれつきの顔とスタイルがいいって得だと蓮は苦笑いする。
「お、来たな。ビーは?」
「今日は留守番です。あの、借りてた本返しに来ました。すみません、突然」
「全然いいよ、仕事もひと段落着いたところだった。よかったら上がってけよ」
さらりと発せられた部屋への招待に、蓮は思わずうろたえる。
「いいんですか!?」
「いいよ。感想聞かせてくれるんだろ」
修司はドアを大きく開けると蓮を招き入れた。
会って三回目の、見知らぬ他人の部屋に入るなんて初めてだ。修司の部屋だと思うと必要以上に緊張する。
「お邪魔します……」
古びた外観とは裏腹に、室内はリフォームされているようで小綺麗だ。
玄関に入ってすぐが、あまり使った形跡のない台所と板張りのダイニングスペースになっていた。
修司は流しの横に置かれた冷蔵庫からペットボトルの麦茶を取り出すと、奥の曇りガラスが格子状にはめ込まれた引き戸を開ける。瞬間、エアコンの冷たい風が肌を撫でた。
奥の部屋は、南向きの明るい八畳ほどの和室になっていた。左側に大きな押し入れ、右側にはぎっしりと本が詰め込まれた大きな本棚。窓際に置かれた書き物机の上には、散乱した紙とプリンター、開きっぱなしのノートパソコンが置かれている。
「そのへん適当に座って」
麦茶をついだコップを蓮に渡すと、修司はどかりと畳の上に胡坐をかいた。蓮も真向かいに腰を下ろす。
不思議と居心地の良い部屋だと思った。雑然としているけれど、畳と紙と日向の匂いがして、心が穏やかになる。
「修司さんの部屋、落ち着きます」
「そうか? 散らかってるだろ」
ぐるりと部屋を見渡すと、修司は苦笑いする。
「片付きすぎてないのがいいっていうか。あと、本棚に本がぎっしり並んでるの見るの好きなんです。俺」
「それすげえわかる。本屋とか図書館な。不思議だよな」
「そう! 理由はわからないんですけど。いつか壁一面本棚の家に住むの夢なんですよね。……あ、すいません。余計なことまで喋って」
慌てて口を押える蓮を、修司は優しい眼差しで見つめた。
「ははっ。全然余計じゃねえよ。蓮のそういう話、もっと聞きたい」
「ほんとですか?」
笑顔で頷く修司に、蓮はほっとして顔を輝かせる。やっぱり、前からの知り合いみたいだ。
いつまでも話していたいと思うのは自分だけだろうか。
ひとしきり話が盛り上がった後、蓮は文庫本を修司に手渡した。
「面白かったです。気が付いたらあっという間に読み終わってて」
「それは良かった」
「それと」蓮は自分のバッグから一枚の紙を出すと、修司に差し出す
「言葉で伝えるのあんまり得意じゃないですけど、感想文書いてきました」
「え!?」
修司は面食らったように、レポートと蓮の顔を交互に見つめている。傘の時と同じ反応で、蓮は急に気まずくなって頬を掻いた。
「あれ……俺、また変なことしちゃいました?」
「あはは! まいった。見かけによらず、ほんと律義だな」
修司は笑顔になると、手元のレポート用紙に視線を落とす。
「ありがとう。今読んでいい?」
ともだちにシェアしよう!