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第8話
「あっちーなー。あれ、お客さん?」
外の熱気と一緒に入ってきたのは、得体の知れない坊主頭の強面の男だった。
身長は蓮とそれほど変わらないが、幅と厚みは段違いだ。筋肉の上に脂肪が乗ったようなプロレスラーみたいな体格をしている。
ポロシャツから覗く自分の二倍以上はありそうな二の腕を、蓮は思わず凝視した。
「こいつ、二階に住んでる嶋って奴」
蓮は慌ててぺこりと頭を下げる。ちょっと、いや、だいぶ理解が追い付かないけれど、とりあえず自己紹介しようと口を開いた。
「俺、片桐蓮ていいます。修司さんの小説読ませてもらってて」
まじまじと蓮を眺めると、男はにかっと満面の笑みを浮かべた。
近寄りがたい強面の雰囲気ががらりと変わって、ずいぶんと人懐っこい顔になる。
「嶋です。よろしくね。そっかーキミが『れん』くんかー」
「え?」
きょとんと目を丸くする蓮に嶋は笑顔のまま続ける。
「いやさー、この間から向井がうるせえんだよ。可愛い子がいるって」
「え!?」思ってもみない言葉に、蓮は火が付いたように顔が熱くなるのを感じた。修司が焦った顔で嶋のがっしりした肩をどつく。
「馬鹿、嘘つくな! 面白い子って言っただけだろ」
「そうだっけー?」
がははと大きな声で笑うと、嶋はどかりと畳の上に腰を落ち着けた。見た目は怖いけれど、悪い人ではなさそうだ。
「あの、お二人は友達なんですか?」
「大学の時からの腐れ縁だな。俺がここに住むって言ったら、二週間後に引っ越してきやがった。ちなみに嶋も小説書いてる」
「え!」
小説と目の前でにこにこしている嶋が全く結びつかなくて、蓮は絶句する。修司も蓮のイメージする作家とは程遠いけれど、嶋は輪をかけて文学とは無縁の人間に思えた。
「小説家って、繊細そうな人がなるんだって思ってました……」
思わず口にすると、嶋と修司の笑い声が同時に部屋に響き渡った。
「あっははは! 似合わないって良く言われるー。初対面でぶっこんできたのはキミがはじめてだけど」
「しょうがねえよ。お前、見るからに繊細さの欠片もねえもん」
「あ! すみません! 俺、失礼なこと……」
「いいのいいの。いや、キミ確かに面白いわー。気に入った」
溢れんばかりの笑顔を向けられ、蓮は「はあ……」と気の抜けた返事を返すことしかできない。この風変わりな男がどんな小説を書いているのか、想像もつかなかった。
「嶋さんはどんな話を書いてるんですか?」
「俺はねー。あれだ。一部の性的趣味趣向に特化したやつ」
「わかりづれえよ……。何て言うか、えげつないマニアックなエロ小説だよな」
「お陰さまで一般受け皆無だけどねー。売れねえ売れねえ」
がははと笑う嶋だったが、修司はよく言うよと横目で嶋を見る。
「こいつの小説、一部の熱狂的なファンがいるんだよ。何でもしますから書いてくれっていう」
「す、すごい世界ですね……」
「蓮くんも読んでみるー? キミの感想ききたいわ」
「読みたいですっ!」
ぱっと顔を上げる蓮を、修司は慌てて止める。
「トラウマになるからやめとけって。嶋もすすめんな、馬鹿」
「うわ出たよ、向井の囲いグセ。ずるいよなー、俺のも読んでほしいのに」
「囲いグセってなんだよ。変な名前つけるんじゃねえ」
軽口の応酬をしている二人を、蓮は羨ましい気持ちで眺めた。
お互い気を遣わず話せる関係だということが、ひしひしと伝わってくる。嶋の前では学生時代に戻ったかのような口ぶりの修司が微笑ましかった。
ふと窓の外を見るともう日がとっぷりと暮れた後で、あっという間に時間が経っていたことに驚く。
「俺、そろそろ帰ります」
「なんだよー、まだ居たらいいじゃん」
嶋が自分の部屋かのように不服そうな声をあげる。まだ居たい気持ちの方が強かったけれど、蓮は「また来ます」と頭を下げると立ちあがった。
「ごめんな。あいつのせいで騒がしくて」
修司は蓮と一緒に玄関まで向かうと、苦笑いを浮かべた。蓮はゆるゆると首を振る。
「全然! 楽しかったです。また来ても良いですか? 本も返したいし」
「もちろん。ていうか、本とか関係なしにいつでも遊び来いよ。何もねえけど。あ、たまに嶋がいるな」
くすりと笑うと蓮は大きく頷いた。修司の言葉がたまらなく嬉しくて、足元がふわふわと浮き立つ。二人に別れを告げると、蓮はすっかり暗くなった家への道を歩き出した。
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