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第12話

「寝たな……」 「寝ちゃったねー」 畳の上で猫のような態勢で横たわり、寝息を立てている連を眺めながら、修司と嶋は気の抜けた声をあげた。 まさかビール一杯でつぶれるとは思わなかった。 飲みなれていないのに無理させたかと、修司は罪悪感を覚えながらも蓮の寝顔を見つめる。 目を閉じていると、長い睫毛がより際立つ。 ほんのり赤くなった頬が肌の白さを引き立てて、少女のような顔立ちに目が奪われるようだった。 「向井、見すぎ」 明らかに面白がっている嶋の声に、はっと我に返る。 別に、と視線を逸らしたけれど、見惚れていたのは否定できない。 「つうかさー、どうすんのよお前」 「何が」 「蓮くんだよ。わかってるだろ?」 「だから、何が」 嶋は皿の上のつくねを頬張ると、呆れたように天井を仰いだ。 「またしらばっくれてー。俺にすらわかるくらい、あからさまに向井のこと好きじゃん。この子」 飲み込みかけたビールが器官に入り、修司は盛大にむせた。 「は……なにいってんだ」 「それこっちのセリフ。こんだけ好き好きオーラ出されても気付かねえって、終わってんぞ」 「……」 「てっきりお前もそうだと思ってたんだけどなー。最近腑抜けた顔してるしさあ」 修司は動揺を隠すように缶ビールをあおる。 腐れ縁だけあって、嶋はいつも鋭い。 「……俺はもう、そんなエネルギーねえよ」 「俺さあ、お前の恋愛小説好きなんだよ」 唐突に、珍しくまじめな顔で嶋が言うから、修司は眉根を寄せて顔を上げた。 「初めて聞いた。ていうかお前、恋愛モノとか読むのかよ?」 「え?読むよ?濡れ場だけだけど」がはは、と笑うと嶋は続ける 「向井のって、淡泊で余計な感傷入ってないのに扇情的っつうかさー。まあ、好きなわけよ」 「……嶋に言われると気持ち悪いな」 「要はさー、そろそろまた人を好きになってもいいんじゃない?ってことだ。どんだけ向井が消耗してたか知ってるつもりだし、とやかくいう義理もないけどね。……けど、またお前の話、読みたいと思ってるんだよ。俺は」 訥々とそう言うと、黙り込んだ修司をやはり真面目な顔で見る。 「まあ。決めるのはお前だよ。」 嶋はよっこらしょと立ち上がると、大きく体を伸ばした。 「んじゃ、俺帰るね。もう遅いし」 「は!? 蓮どうすんだよ」 「向井、責任もってどうにかしろよー?」 嶋は意味深な笑顔を作って手を振ると、大股で部屋を出て行ってしまった。 あいつ、絶対楽しんでるな。ばたんと閉まるドアの音を恨めし気に聞く。けれどそんな嶋だからこそ、修司は付き合いを続けている。 あの時もそうだった。男を好きになったと、唯一打ち明けた相手が嶋だった。 悩み抜いての相談だったのに、嶋は「ほう!」と目を丸くした後「向井といるとほんと飽きねえわ」と、がははと笑っていた。 溜息をつくと、修司は傍らで身動き一つせず眠っている蓮を見下ろした。 「好き、か」 もしかしたら、と思ったことはある。 蓮のきらきらした眼差しや態度に、自惚れではなくて慕ってくれている気持ちがまざまざと現れていたから。 そして嶋の言う通り、自分は確かに蓮に惹かれている。 綺麗で、危なっかしいほど素直で、自分の小説を好きだと言ってくれたこの子に。 ――けれど、惹かれたからなんだというんだ。 蓮はまだ若い。これだけの容姿で、出会いだってこれからたくさんあるだろう。今はどんなに好きだと思っていても、人の心なんて簡単に変わる。 離れないと誓った恋人に別れを告げられた、あの日のように。 疼き出した胸の痛みを誤魔化すように、修司はビールに口をつけた。 恋なんて夕立のようなものだ。 蓮と出会った日と同じ、どんなに激しい雨だとしても通り過ぎてしまえば何も残らない。 濡れていたことすら、いつか忘れてしまえるくらいに。 どうせ終わってしまうのなら、最初から始めなければいい。 傷つくことも傷つけることも無いこのままの関係が、きっと一番いい。 「……ん……」 横たわった蓮の唇が、ふいに小さな笑みを形作った。 「修司……さん」 微かに自分の名を呼ぶ声に、思いがけずどくんと心臓が震えて、顔が熱くなる。 ――だから俺は、もう二度と、恋なんて。

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