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13. 「……ごめん。そうであっても行けないよ」
キーンコーンカーンコーン
五月もそろそろ終わる暖かな太陽の光が降り注ぐ日、校舎に、終業のベルが鳴り響く。どのクラスの生徒達も勉強という自身の勤めを果たし、放課後を謳歌する為に騒ぎ始める。
ある者は、部活動へと足を進め。
ある者は、図書館で自主勉強や読書の時間を過ごしに。
ある者は、早足で仲間と共に学校から飛び出していく。
そして彼もまた。
「『今からむかうね』、と」
伊宮は小さく鼻歌混じりにロッカーの中に置いていた携帯で連絡を入れ、鞄へとしまう。そして、ロッカーからもう一つ少し大きな紙袋を取り出そうとした。
「いーみや!」
「わっ!」
そんな伊宮の背後へ、突撃してくる者が現れる。彼が自身の背中にいる者へと顔を向ける、と。
「西園寺君、痛いよ……」
そこには、大きく口を開けて笑う西園寺の姿があった。彼は「悪い悪い」と軽く謝りながら伊宮の背中から離れる。
「ふぅ……で、何か用?」
「おう! 中間テストも終わったことだし、一緒に遊びに行かねぇ?」
そう言う彼の背後には数人の男女がおり、伊宮と西園寺が来るのを待っている様子であった。
「な? テストお疲れ様会ってやつ。行こうぜ。可愛い女子もいるしさ」
「ごめん、僕先約があって」
伊宮は苦笑を浮かべながら誘いを断ると、西園寺は唇を尖らせる。
「え〜、そうなのか? ……おっ、なんだこの荷物」
「あっ、ちょっと!」
西園寺が半ば無理矢理、伊宮の持っている紙袋へと手をかける。
「ん? 服?」
その紙袋の中身は、伊宮の洋服一式が入っていた。
「なんだよ、本当にどっか出掛けるんだな」
西園寺の発言に、嘘を吐いていると思われていた事に気付いた伊宮は「流石に嘘はつかないよ……」と彼に零した。
「まぁ、こっちも誘ったのが急で悪かったよ。でも、ちょっとぐらいこれねぇ? 実は……」
西園寺はそこから声を小さくさせ、伊宮の耳元で話を再開させる。
「あそこにいる女子の、左から二番目の子がお前のこと好きらしいんだよ。な? その先約、急ぎじゃないならちょっとだけでも話してやってよ」
西園寺の言葉に、伊宮はほんの少し心に薄灰色のモヤがかかる。
伊宮は、彼が示した女子に目を向けると、彼女は彼の視線に気づいたのか、笑みを浮かべて手を振る。そんな彼女に、頭を少し傾けて会釈を返した。
その行動に、女子達は黄色い声を上げる。
「……ごめん。そうであっても行けないよ」
いや、だからこそかな。という言葉を、伊宮は口に出さぬようにした。
「まじかよ……はぁ、モテてる伊宮王子様が羨ましいよ。好かれてるのに行かないとか、余裕だなぁ」
西園寺の言葉に伊宮のもやもやは真っ赤な刺々しいものへと変わる。しかし、それを表情には出さずに苦笑いを見せる。
「というか、最近付き合い悪くないか? 何か始めたのか?」
「いや、別にそういうのじゃないよ。じゃあ」
「あ、待てよ。校門まで行こうぜ、おーい!」
伊宮が別れを告げたにも関わらず、西園寺が待っていた友人達を呼んで伊宮の背後へと集まってくる。
「なんで来るの……」
「だーかーら、校門までだって」
「伊宮君も、来てくれるの?」
西園寺が言っていた、伊宮のことが好きらしい女の子が、伊宮の傍へと擦り寄って彼に話しかける。
「いや、僕は今回先約があって……」
「え〜! そんな〜! じゃあ、今度お休みの日に遊びに行かない?」
「え、えっと……あれ?」
彼等が話している最中、校門の方が騒がしくなってきていた。
「なんだか騒がしいね、伊宮君」
「そう、だね……あっ!」
校門の入り口へと辿り着いた伊宮達。校門には女子の群れが出来ており、その中からチラチラと「あの人達、誰? かっこいいー!」「青色のメッシュの人、綺麗……モデルさんかな? スタイル良いなぁ」「赤髪の人怖くない?」「でも戸塚君に似た雰囲気を感じる……良い」、という声が伊宮の耳へと入ってくる。
青色メッシュ、赤髪。その二つの言葉だけで、伊宮は脳裏にある二人の顔が浮かぶ。伊宮は「いや、まさか」と思いながらも、女子の群衆を謝りながら掻き分けていく。
そして、群衆の最前列へ辿り着くと。
「あっ、せっちゃ〜ん! 遅いで!」
「……よっ」
彼の予想通り、日高と早乙女がそこに居た。
「な、な、なんで二人ともいるの!?」
「驚かせよう思って!」
伊宮が二人に話しかけると、背後にいる女子の群衆の中から「伊宮王子様だ!」「まさか、あの二人とお友達!」「誠実な伊宮王子様が、あのような方々と!」「あぁ、けれど眼福ですわ……!」という言葉が背中へと攻撃してくる。
「……俺は止めたんだけどな、こいつが聞かなくてよ。悪いな、伊宮」
「ううん。こっちこそ、なんだかごめんね」
「ええやん! いちいち待ち合わせすんのもめんどくさいし!」
日高は背後からの声を聞きながら眉間に皺を寄せ、深いため息を吐く中。早乙女もその声が聞こえているはずなのだが、そんなものどうでもいいとでも言うかのように、笑いながら伊宮に携帯の画面を見せる。
「せっちゃん、この近くに美味いパンケーキの店出来たから、行こうや! ほら、しゅっぱーつ!」
「わわっ!」
早乙女は伊宮の腕を掴み、ズルズルと引っ張っていく。日高は校門に居た女子達に会釈し、早乙女を追いかける。
校門には、唖然とする生徒達だけが残された。
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