8 / 9

第8話

翌朝出勤するとすでに兄のデスクには、兄が座って事務仕事を片付けているようだった。 兄はまだヒート中だろうと鼻栓もしていなかったが、あの独特な甘ったるい痺れるような匂いはもうしなかった。 「……兄様。まだ、ヒート中なのでは?」 問いかけると、兄は顔をあげて首を軽く振ると爽やかな笑みを浮かべる。 「終わったよ。報告書は、俺からアップしておいたから。あと、まあ……なんだ、セルジュと番になったから」 照れた表情を浮かべて、だからヒートは収まったと告げられると、僕は愕然として言葉を失った。 動揺で頭の中がまっくらになる。 遅かった、のか。 運命の番を、僕は目の前で奪われたのだ。 「…………そ、そうですか。やはり桑嶋が兄様の運命の人だったのですね」 つい嫌味のような言葉をかけると、一瞬兄の表情が小さくかげり、口元が僅かに震えた。 「運命のなんちゃらは都市伝説、だよ。そんなモンには、出会えない。わかるだろ?たとえ出会ってたとしても、結ばれねェ運命なら、そりゃあ運命じゃねえ」 「でも、貴方は……桑嶋がそうだと……」 彼はふと笑い、項をゆっくりさすって僕を分かっているんだろうという表情を浮かべて見返す。 「セルジュは、俺が決めた運命のなんちゃらさ。なあ、アユミ、おめでとうって言ってよ」 釈然とできない僕に対して、彼は静かに命令をする。 いつだってそうだった。 いつも、そうだった。 「おめでとうございます。兄様」 祝う気などさらさらなくて。 僕はどうしたら、2人を引き裂けるかばかりを頭の中でシュミレートしはじめた。

ともだちにシェアしよう!