8 / 14
8
「空じゃないか!」
水族館の中にあるフードコートの一角。久重と向かい合ってバーガーを頬張っていた不破は、親しげに声を掛けてきた男に一瞬眉を寄せた。
「…………」
久重が笑いながら立ちあがり手を差し出す。男のゴツい手が白い手を掴み大きく揺らすと、次にはその手が器用に胸の前で動かされた。
「久しぶり、元気だったか?」
声に出しながら動かされる手。
「こんなところで会うなんて奇遇だな。ルイは今日は留守番か。」
それは武骨な手とは思えない滑らかな動きだった。
「…………」
久重の白い手も同じように…いや、彼以上に。
まるで奏でるような繊細さで動かされる手。
「そうか。休みでゆっくりしてるところ悪かった。また今度、飲みにでも行こう。」
「…………」
男の誘いに微笑みながら白い手が言葉を紡いでいく。彼の誘いを受けているのであろうことは久重の表情で分かった。
「…それえば、あた(それでは、また)」
「ああ、また。どうもお邪魔しました。」
その後も何度かやり取りを繰り返すと、最後に男が不破に頭を下げた。それに慌てて頭を下げて返すと、男は手を振りながら去っていく。
『急にすみませんでした、友人です』
ノートに急いで綴られた文字。それに「うん」と返事をし、不破は久重の手を見つめた。
「…ふあ(不破)さん?」
久重が首を傾げる。
けれどもそれに答えることなく曖昧に笑って見せると、不破はコーヒーに口をつけた。
普通の会話のようにやり取りをしていた二人の姿が、不破を何とも言えない気分にさせていた。
自分と話すときとは全く違う。
それは不破が初めて見る久重の手話だったー。
ともだちにシェアしよう!