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第8話

side凪 俺の兄、晴海は高校三年生でエスカレーター式の私立高校に通っている。成績優秀、品行方正と絵にかいたようないい子で、そのまま付属大学へと進学できるらしい。 俺も小学校は同じ学校に通っていたが、馴染めず中学から地元の公立学校に通った。 東京のはずれに位置するこの学校は、教師も生徒ものんびりしている。校舎は広く、東棟と西棟の間には小さな池まであり、鴨が鯉の餌をのどかにつっついていた。 俺は兄とずっと同じ学校に通いたかったが、学校に馴染めない俺を見ていられない兄のことや、いつまでも兄に助けてもらっている自分のカッコ悪さに嫌気がさし、兄から離れることにしたのだ。 私立学校に通っていたことが幸いし、クラスの中に俺を知る者はいなかった。そして少しずつだが人見知りを克服する努力をした。 タイミングよく校内で一二を争う〈低い〉身長もようやく伸び始め、中学校を卒業する頃には180センチ近い体格となった。 拓己とはこの中学校で出会った。 彼は俺と同じように小柄だったが、周りの女子達とは比べ物にならない程綺麗な顔をした男だった。 入学して四月も半ばを過ぎ、三階の廊下の窓から池で優雅に泳ぐ鯉を見ていたら、誰かが俺に声を掛けてきた。 「おまえ、チビだな」 振り向くと綺麗な顔をした男が後ろに立っていた。 (何で話しかけてくるんだろう?) 「シカトすんなよ?」 (鯉を見ているだけなのに…) 「…なんか用?」 「そんな嫌そうな顔するなよ」 馴れ馴れしく身体を近づけ、肩に手を置く。 (面倒くさいなぁ) その場を離れようとしたが引き戻された。 嫌そうな顔をしてやったが、かまわず話しかけてくる。 「オレ、安堂拓己。オマエは?」 「桜井凪」 「ナギ、か。オレのことはタクミって呼べよ」 さらに嫌な顔をした。 だが拓己は気にする風もなく僕の目を見る。 「気に入った。仲良くしようぜ、凪」 拓己は僕の返事も聞かず後ろの階段を降りていった。 …この流れの中、どこに気に入られる要素があったのか解らない。

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