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第63話『直×拓編』
side拓己
平日の午後、閑散とした車内に二人。
人気のないのをいいことに、手摺にもたれ指先を絡めあう。
電車に乗って向かった先は…直樹の住む部屋。
直樹は高校の卒業式翌日に家を出た。
春から通う大学の近くに。
一緒に住もうと直樹はオレを誘ってくれた。
けれどオレの心はモヤモヤしていて…素直にうん、って言えなかった。
「さ、入って」
「お邪魔します…」
玄関を入ってすぐに廊下、風呂場、トイレがあり、奥に二部屋と狭いキッチン。
大きな窓から日の光が差し込むリビングには小ぶりなテーブルと椅子があり、勧められるままオレはそこに座った。
「学生だし贅沢は出来ないけど…」
直樹の目が真っ直ぐにオレを捉えた。
「俺と…一緒にここに住んで欲しい」
「えっ…」
左手を取られ、 直樹の両手に包まれる。
「な…何かプロポーズみたいだよ、直樹…」
恥ずかしい…顔が熱い…これはもう、絶対に真っ赤になってる。
直樹の手を振りほどこうとしても、がっちり捕まえられている。
「俺と…一生一緒にいて…拓己」
指に冷たい感触。
「え…?何これ?」
左手には…シルバーのリング。
「拓己…」
そう言ってオレの両手をそっと取る直樹の指にも…。
「拓己…俺と結婚してください」
持ち上げた指先に直樹の唇が触れる。
暖かくて、柔らかい。
「お…オレ達…男同士だし…」
「今は珍しくないよ」
「き…兄弟だし…」
「今さらそんな事…気にするの?」
ふふっ、と直樹が声を上げて笑った。
「大切な事だろ!」
大きな声を出したオレをじっと見て、直樹が口を開く。
「拓己はどうしたい?俺といるの、嫌?」
…ずるい。
そんな聞き方をされたら、嫌なんて言えない。
オレは薬指に光るリングを右手で玩びながら、言葉を探した。
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