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第158話

それは偶然だった。 コーヒーショップの店内で見知った顔を見つけた。 あんな顔をするのか。 遠くからでもわかる嬉しそうな表情。 親しげに笑い合っている相手は友人なのだろう。 グループの中、一人の少年に目が止まる。 あの子…似ている。 “ 彼 ” に。 声を掛けようか。 いや、止めておこう。 彼らの幸せそうな時間を邪魔したくない。 年度末になり有給消化が出来ていない事を、今朝人事部長から指摘された。たまたま午後から週末まで会議や〆の案件もなく部下からも有給消化を勧められ仕方なくまだ明るい時間帯に退勤することにした。 帰っても息子は家を出ていて一人住まい。 することも、やることも急ぎの用事はない。 午後を過ぎたばかりの繁華街はそれなりに人出もあって賑わっていたが、通勤とは違う人の波に気疲れしてしまった。 時間もあるしたまには外でコーヒーでも飲むか。 部下が時々入るという流行りの喫茶店に足を向けた。 カタカナの羅列のような名前のメニューに戸惑ったが注文を終え、店の奥のボックス席に店内が見渡せない向きで腰を下ろす。 淹れたてのコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。 あぁ、そういえば“ 彼 ”もコーヒーが好きだった。 いつの間にか記憶の底に沈んだ“ 彼 ”を思い出した。

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