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第170話

水道水で勢いよくコーヒーを流し、手洗い用の洗剤でストールを洗う。 僕の大切なお気に入りなのに。 数回繰り返して洗うと汚れはほとんど分からなくなった。 「良かった」 帰って洗濯すれば大丈夫だろう。 絞って皺がつかないように畳んだ。 席に戻る途中で、僕はカバンを置きっぱなしにしていた事を思い出した。 「カバン…すっかり忘れてた」 「ごめんね。カバンは見張ってたから無事だよ」 僕のストールにコーヒーを零したこの人は申し訳なさそうにそう言った。 「ありがとうございます」 「これ、使って」 差し出してきてのは、店のロゴが入ったレジ袋だった。 「濡らしちゃったでしょ」 …いい人だ、そう思う。 「有難く使わせてもらいます」 「それから、クリーニング代」 僕の手を取り、紙幣を乗せる。 「いえ、こんな…すぐに洗ったし、汚れも落ちたから必要ありません」 断ると、ふう、と息を吐いた。 「じゃあ、コレ」 薄いカード。 「ここのプリペイドカードじゃないですか」 「この位は受け取ってよ」 僕は観念した。 「いいのに。でもありがとうございます」 受け取るとその人は少しほっとしたようで、そのまま隣の椅子に座った。 「本当にごめんね。大切な物なんだろ?」 「でも、事故だし謝ってもらいました。充分です」 僕は正直に言った。

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