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7月4日(木)22:10 最高気温31.2℃、最低気温24.8℃ 曇り

 7月4日(木)22:10 最高気温31.2℃、最低気温24.8℃ 曇り  あー、この時間が至福。  恒例の動物番組を見ながら、ひとりで晩酌。  ここのところ樹の帰りが遅いから、すっかりだらけた食生活になっている。  犬にハグしたまま抱きついて離れない猫の映像に目を細めていたとき、丁度樹が帰ってきた。仏頂面のまま微動だにしない犬がまるで樹そっくりだったから、これは教えてやろうと樹の方を向くやいなや、 「これ、どういうことだよ」  目の前のローテーブルに叩きつけられたのは、不在連絡票だった。『19時35分 ご不在のため持戻り』となっている。  えっ……?  嘘だろ。確かにその時間は家にいたはずなのに。しかもちゃんと気をつけて、トイレに行かないようにもしたし、テレビの音量も小さめにしていた。 「しかも昼も一回来てくれてるよな。履歴見たら。……何やってたんだよ」 「昼はたまたま……ちょっとタイミングが合わなくて。でもこの時間はずっといたし……気をつけてたから、チャイムが聞こえなかったなんてことはないはずなんだけど」 「俺、頼んだよな。仕事で必要なものだって」 「ごめん」 「困るんだよちゃんとやっておいてくれないとさあ。間に合わなかったらどうしてくれるんだよ」 「ごめん。でも日曜ってことはまだ日があるから……」 「土曜から俺、現地に行くんだけど」 「じゃあ明日……明日ならまだ間に合うよな。明日受け取っておけばそれでいいだろ?」 「そういう問題じゃないんだよ!」  じゃあ一体どういう問題なんだ。  いいじゃないか別に。明日で間に合うんだったら別に。  すると日向の心中を見透かしたように樹は言った。 「明日やろうは馬鹿野郎って言葉知ってるか」  どうせ知らないだろう、というニュアンスがこもった言い方。 「明日何が起こるか分からないだろ。だから俺は前もって準備をしておきたかったんだ。いっつも締切前になると慌てだすお前には分からないだろうけど」 「別に慌ててとかいないし。急なシステムトラブルとか仕様変更とか……あいにく、前もって準備させてもらえるようなお上品な仕事じゃないから。下請けに無理きかせるのが当たり前な大企業に勤めてるひとには分かんないだろうけど」  何……言ってるんだろう……  何でこんなことになってるんだろう……  きっかけを作った紙きれ一枚の、派手派手しい色が目に毒だ。 「ああ、下に無理きかせる立場だからよく分かるよ。お前みたいな奴には絶対に頼まない」  普段は疲れてるだの何だの、ただいま、を言うのすら余計なカロリーを消費するとばかりに、んーとかあーとかですませようとするくせに、知らなかった、へえ、こんなに喋れるんだ。へえ、そうですか。 「大丈夫大丈夫ってぎりぎりまで放置して、それでいざできなかったら、あっ、ごめーん、で済ますんだろ。嫌だよそんな奴と一緒に仕事すんの。責任感がないっつーか。ああだからフリーやってんのか。少なくとも同僚に迷惑かけることはないもんな。そんなお前につかまったクライアントは可哀想だけど」  カッと頭に血が上った。 「じゃあ俺に頼むなよ!」  何も知らないくせに。  たかだか宅配が受け取れなかったくらいでそこまで言うことないだろう。そういうの、ジンカクヒテイって言うんじゃないのか。パワハラだろ。パワハラ。そっちこそそんな傍若無人な態度で今までよく訴えられなかったな。 「そんっなに俺のことわかってるんならさあ、何で俺なんかに頼んだんだよ。信頼ゼロの俺なんかに! しかもそんなに大事なものなら、コンビニ受け取りにするとか、自分で営業所に取りに行くとかすりゃいいじゃねーか。それができないくせに偉そうに言ってんじゃねーよ。お前のコンペが成功しようが失敗しようが知ったこっちゃねーわ! 大体俺はお前の宅配受け取るために家にいるんじゃねーんだよ! こっちだって朝から晩までずーっとパソコンに向かってんだからな!」 「趣味の延長みたいな仕事だろ。時間だっていくらだって融通きくじゃないか。あー煮詰まったー、って、なったらすぐソファでごろごろして。客先に出るわけじゃなし。気の向かない仕事は蹴って、好きなことを好きなように楽にやってるお前が苦労自慢とか……笑える」 「はっ……」  本当はもっと言いたいことがあった。でも、動物番組の呑気なBGMが説得力を皆無にする。樹がちらりとテレビに目をやったのが分かる。  分かんなくて当然だろう。日向がどんなことをやっているのか。でもそれはお互いさまだ。日向だって、樹がどんな仕事をしてるのかまったく知らない。一日中仕事しているように見せかけて、本当はサボってるのかもしれないし、接待とか言いながら経費で飲むのを楽しんでいるだけかもしれない。そんなに毎日残業しなきゃならないのかとか、そんなに上司の言うことは絶対聞かなきゃならないのかとか、クエスチョンはあったけれど、でも樹の仕事は尊重していた。それこそ自分が二号になってもかまわないかと思うくらいには尊重していた。けれどどうやら樹は違うみたいだ。 「そんなに楽だと思うならやってみろよ。大体樹の言う楽ってなんだよ。満員電車にすし詰めにならなくていいこと? 雨の中出かけなくていいこと? サビ残しなくていいこと? 上司にへえこらしなくていいこと? 出世競争なんて考えなくていいこと? でも俺がこの仕事好きでやってるみたいにさ、樹だって好きでやってんだろ。好きで満員電車にすし詰めになって、好きで雨の日でも出かけて、好きで何十何百億ってカネ転がして会社乗っ取って、好きで誰の下についたらのし上がれるかって計算して、好きで残業やらコンペやら部下の面倒やらでクタクタになってんだろ! 俺から見たらお前の方がよっぽど楽に見えるね!」

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