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2年前の7月
2年前の7月
「高崎さんって、どんなひとが好きなんですか」
「何ですか、いきなり」
「いや何となく」
高崎樹さんとは知人の結婚式で知り合った。日向が新婦側、高崎さんが新郎側だった。そのときはお互いに大勢のうちのひとりでしかなく、誰も自分と高崎さんが一番親しくなるとは想像していなかったに違いない。
ほんの世間話のつもりだった。お互いゲイということは分かっていたけど、それでどうこうなりたいとかはまったくなかった。
「ほら、芸能人だったら誰がタイプ、とか」
真剣に考え込まれても困る。話を盛り上げるはずだったのに、逆効果になってしまった。日向はあえて彼とは真逆の、誰もがああ、と納得しやすい、かわいい系の野球選手の名前を挙げた。その話でひとしきり盛り上がって安心していたけれど、彼はまたすぐにもとの沈んだトーンに戻って、呟いた。
「すみません、面倒くさい、って思ったでしょう」
「え……」
「好きな酒とか食べ物とか、音楽とか映画とか、そんなんだったらすぐに答えられるんですけどね。昔からその質問だけは、どうもこう、思い悩んでしまって」
「あー……俺らみたいな人種は特にそうかもしれないですよね。好きなひとを好きって言いづらいって言うか」
彼は「ん……」と頷いたが、日向の言葉はきっと、彼の心情にぴったり寄り添うものではなかったんだろう。
面倒くさいのは事実だった。でも嫌かというと、それはまた別の話だった。
思わず身を乗り出していた。彼を知りたいと思うのと同時に、そう思ってしまう自分のことも知りたいと思っていた。
「好きなものとか、趣味とか、そんなのは別に、傷つけないじゃないですか」
「傷つける?」
「いくらこちらが思いをぶつけても、傷つかない。でもひとは……違うじゃないですか。好意でも相手を傷つけたり、嫌な思いをさせてしまうことがあるでしょう。それが怖いんです。私なんかに好意を向けられて喜ぶひとのことが想像できないというか.……きっと迷惑をかけてしまう」
「そんなこと……ないでしょ。高崎さんみたいにハイスペックなひとに好意を向けられて迷惑とか思うひといませんって」
嘘でもお世辞でもなかった。でも、何か違う、という思いは拭えなかった。
彼は、一歩、日向が近づいたぶんだけ、ふっと押し返すように鼻で笑った。普通のひとだったら馬鹿にされたとか、それこそ面倒くさい奴とか思って離れていってしまってもおかしくない。でも日向には分かった。彼が笑ったのは日向の頓珍漢な慰めに、ではなく、自分自身に対してなのだと。そしてきっと今まで何度もそうやって、自分自身を嘲笑ってきたことのあるひとなのだと。
「だから、どんなひとが好きなのかと訊かれたら、自分を好きになってくれるひとなんだと思います。こんな自分なんかを好きと言ってくれるひとがいるのなら、たぶん、無条件にそのひとのことを好きになれます」
「そ……れは言い過ぎでしょー! 流石にシロちゃんとか、三種丼の山本みたいなのから好きって言われても好きにはなれないでしょー」
嫌われキャラでおなじみの芸人の名前を挙げると、彼は流石に表情を緩めた。
その話はそこで終わってしまったけれど、一旦上がった心拍はなかなか鎮まらなかった。
思ってしまった。
ああ……
好きになってあげたい。
好きになりたい。このひとを好きになりたい。このひとを好きになれたらどんなに幸せだろう。
好き、より、先に胸を締めつけた思い。好きになってあげたい。ぎゅー、ってしたい。今すぐ。抱きしめてくれと言わんばかりに丸まっている背中を。好きだと言ったらこのひとは、どんな風に自分を好きになってくれるのだろう。
興奮した。まだ誰にも知られていない原石を見つけ出した気持ちだった。ひとを好きになることにも、好きになられることにも強張っている心を解きほぐしてあげたい。自分『なんか』なんて絶対言わせない。放っておいたら重力に負けて下を向いてしまうのなら、真正面を向くよう支えておいてあげる。それができるのも、したいと思うのも、自分しかいない、きっと。きっと、きっと。
ああそうか……俺、誰もが憧れる恋人、とかには何の興味もなかったんだな。
一夜の関係も含め、今まで付き合ってきたひとのことを振り返ってそう思う。
誰もが否定しても自分だけが肯定できる、そんなひとを好きになりたい。このひとの魅力を他のひとに分かってほしいなんて思わない。むしろずっと、自分だけのものにしておきたい。自分だけのものにしておける……
そんなひとを、好きになりたい。
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