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7月7日(日)18:32 最高気温30.7℃、最低気温21.9℃ 晴れ

 7月7日(日)18:32 最高気温30.7℃、最低気温21.9℃ 晴れ 「何かこういうのついつい買っちゃう」  さっきは素通りしたミュージアムショップに寄って、ポストカードを買った。一番有名な絵と、樹がじっと見ていた絵。  美術館の思惑にノせられてるぞ、とでも言いたげに樹は腕組みしていたけれど、日向が何の絵を選んでいるか、気づいていたようだった。  展覧会の余韻を引きずってか、美術館に入る前と比べて、自然に歩調を合わせることができた。ふたりでまだ、展示されている絵を一緒に見ながら歩いているようだった。夕焼けとか、伸びた影とか、街灯とか、時折同じところを見ているな、というのが分かった。 「久しぶりに食べて帰る?」  電車に乗ってしまって、行き先が限られてしまう前に提案する。 「ん、そうだな」 「何がいい?」 「何でもいいけど……でも、あー……、肉はいいや。ゴルフのあと焼き肉だったから」 「そうなんだ」 「昼からずっしりきたわ。若い奴らにはついていけない。でも団塊の連中もエグくてさ。結局今一番疲弊してんのって、俺ら世代なんじゃないかと思う」 「はは、確かに。てか、立派に中間管理職やってんね。あー……じゃあ、魚系にする? 鰻! 鰻の時期じゃんねえ。土用の丑……にはまだ早いけど」 「えー……」 「何? 懐事情気にしてんの?」 「そうじゃないけど。鰻もさあ、肉と一緒で重い系には変わんないじゃん」 「重い? 疲れてるときにスタミナ補給になるじゃん」 「あれ絶対嘘だと思う。胃腸が弱ってるときにさらに消化に悪いもん食ってどうすんの」 「あっそ……あ! じゃあ……刺身……寿司!」 「生魚なあ……」  何だよ。結局「何でもいい」じゃなくなってるじゃん。  それでもこの夕暮れ時のまどろんだ空気感のおかげか、不思議と腹が立たなかった。むしろどこまで噛み合わないままでいられるのか、試してやりたい気持ちだった。すると唐突に樹が、「鱧」と呟いた。 「ハモ?」 「……が、食いたい、かも」 「ハモ……って、何」 「えっ、鱧知らねーの?」 「聞いたことはあるけど、食ったことねーかも」 「マジか。ああでもこっちではあまり見ないもんなあ。鰻みたいな感じなんだけどさ。あっさりしてて、梅肉とか酢味噌とかつけるのが定番なんだけど、それが超美味い」 「刺身?」 「刺身でも食うけど、湯引きが一番かな。骨切りしてるからさ、湯に通すと一瞬で身が反って、白い花みたいになんの」 「へえ……」 「初夏の風物詩っていうか。意外と旬が短くてさ。気づくとなくなってる、みたいなときもあって」 「スーパーで売ってる?」 「そういやこっちではあまり見ないな」  ……何でこんな話になったんだろう。  でも、こんなに熱心に何かについて語る樹を見るのがめずらしくて、誰も何も傷つけない会話で繋がれているというのが嬉しくて、ずっとずっと、結論を引き延ばしにするような相槌を打ち続けた。

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