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第20話

 ゴロゴロゴロゴロ……島の住宅街は山にへばりつく様に建っている為、道もほとんど急な坂道で、中には階段が何段も連なっている複雑な道になっている。章良が原付きバイクで器用に階段の中央にあるフラットな部分を利用し、最短の道を選んで下りて行く、途中から晴れていた空がいつの間にか曇り始め、遠くで雷鳴も聞こえて来たが、章良の耳にはその雷鳴さえも聞こえない。ただ一分一秒でも早く真琴の元へと駆けつけたいと言う思いで頭が一杯だった。 「後少し……クソ! バイク邪魔!」  章良がバイクを空き家の庭へと停め、そのまま民家と民家の間にある人しか入れ無い細道へ入って行き、一気に下って行く。信照が言っていた知らない男達が一体どの様な人間なのか、真琴を迎えに来たと言ったあの男は、明らかに真琴に乱暴をしていた。そう考えると、今回この様な小細工までして真琴がこの島に居られない様に仕向けたのは、今回は真琴をこの島から絶対に連れ出すとつもりだと言う事が解る。  ポツポツと夏の熱気で蒸された雨粒が瞼を叩いたと感じた瞬間、今度は一気に雨が降り出し、目の前に広がる気景色が白く煙り始めた。章良の服が雨で重くなった頃、漸くなぶらの店内入り口へ通ずる路地へと飛び込んだ。 「マコちゃん――――!!」  店内のカウンター前にある土間には三人の男が立っており、一斉に店内に飛び込んで来た大柄な男に身構える。 「誰だ貴様!」 「それはこっちの台詞だ! マコちゃんは何処だ!」  一番手前に居た男に掴みかかった章良を、他の二人が羽交い締めにしようと背後へ回った。 「あれえ? もしかしてあの時のアルバイト君じゃないか?」  章良が、男の襟首を締め上げたまま声のする座敷に視線を向けると、そこには信じられ無い様な光景が広がっていた。 「――――っ……マコちゃんっ!」  真琴が寝起きしていたであろう布団の上には、下半身を露わにされ細い足を孝史に抱えられた真琴の姿と、不敵に笑う孝史の顔だった。 「おま……え……っマコちゃんを離せ!」  男を掴んでいた手を離し、孝史へ飛びかかろうとする章良を、今度は男が三人で羽交い締めにして止める、章良はそれを振りほどこうと暴れたが、流石に三人に押さえられると身動きが取れなくなってしまった。そんな章良を見た孝史が、新しいおもちゃを見つけた顔をし、大げさに声を上げた。 「なんだ、真琴はお前をクビにしたって言ってたけど……やっぱりお前達はそんな関係だったって事だな」 「そんな関係って、どんな関係だよ!」 「カマトトか? 良いぜ今から見せてやるからそこで見てな……真琴、ほら余所見して呆けてないでこっちを見ろよ」  壁側に顔を背けていた真琴の顔を、孝史が手で無理矢理店内の方へと向ける。 「マコちゃん!!」 「…………」  まるで蝋人形の様に顔色を無くした真琴が、章良の姿を見て薄く口を開き弱々しく震える指先を章良の方へと伸ばした。瞳からはハラハラと涙を流し、切な気に眉が寄せられる。 「……じょう……すい……くん……」  僅かに聞き取れる声が、想い人の名として形を得て発せられた。 「マコ……ちゃん……っマコちゃん! くっそ――――――離せ――――――!!」 「……くん……じょうすい……くん……」  上から押さえ着けられ膝をついた章良も、必死で真琴に向かって手を伸ばすが、二人の指先が触れるまでには届かない。数メートルの距離がこれほどもどかしく遠く感じた事はなかった。  そんな二人の姿を見た孝史が、まるで苦虫を噛みつぶした様な顔をし、晒された真琴の白い首を片手でガッチリと掴み、そのまま床へと押しつける様に締めて始める。 「あっ……ぐ……ぅ……」  真琴が苦悶の表情で自分の首を絞める孝史の手首を掴み、止められた気道へ少しでも空気が入る様に喘いだ。それを見た章良は身体を震わせながら真琴の名を叫び暴れる。これまでの人生の中でこれほど大きな声を出した事は無いと言えるほど、章良の声は店の外の通りまで響いた。 「やめろ――――――!! マコちゃんを離せ!! 絶対に許さねえ――――――!!」  孝史がギロリと章良を睨み、押さえている男に目配せをすると、男達が章良の口を椅子にかけたあった手ぬぐいで口を塞ぎ、叫び声がうなり声に変わった。 「……真琴……そんなにあの男が好きか……ええ?」 「……ひゅ――……カハッ……」  孝史は絶妙な力加減で真琴の首を絞めていた為、それによって死ぬ事は無かったが、それでも後少し力を加えれば真琴はあっと言う間に命を絶つ所まで来ていた。静かに怒りの炎が見える孝史の目を見ながら、真琴はこのまま死ぬのなら最後くらいは自分の本音を吐き出そうと考えた。   僕は……浄水君が―――――― 「…………き…………すき…………」 「ん――――――…………」  真琴の言葉を聞いた章良が、目を見開き真琴の口を凝視する。 「好き……僕は……浄水君が……好き、です………………」  ギリっと孝史の奥歯が鳴る音が聞こえ、こめかみがヒクついた。 「ぐぅ……っ!」  それまで喘ぎながらも大人しくしていた真琴が、突然バタバタと暴れ出した為、孝史が締めている手に力を込めた事が解った。 「んんんん――――――――――――!!」  章良は頭の中で確かにバチンとゴムが切れた様な音を感じた瞬間、自分の中からどす黒い殺意が湧き上がって来るのが解った。次の瞬間、思い切り頭を逸らし横で自分を押さえていた男の鼻面へ頭突きを入れると、相手が怯んだ隙を狙い一気に立ち上がりもう一人の男の顔を殴っていた。ほとんど反射的に身体が動いたが、ガタイの良い章良に殴られた男は床へ転がる様にして尻餅をつく。 「その手を離せ――――――!!」  そのまま座敷へ飛び乗り、真琴の首を絞めている孝史を蹴り上げた。孝史はそれをかわす為に真琴を解放し、後方へと飛び退いた。 「ゲホゲホゲホッ――ガハ!!」 「マコちゃん!」  章良が真琴の背中を優しく撫でると、真琴が章良の顔を見て手を伸ばし、章良の頬に冷たい指先を触れさせる。 「……じょ……す……ゲホゲホゲホ」 「うん俺だよ、もう大丈夫だから」  孝史が動く気配を感じ、章良は真琴を庇う様に立ちはだかりながら、足下にあった薄い掛け布団を真琴の身体の上に掛けた。 「そいつはオレのだ、お前みたいな奴がこの淫乱を扱えるもんか! 結局最後はオレじゃなきゃ満足出来ないんだよそいつは」 「……だまれ……それ以上侮辱すると……」 「すると? するとどうするつもりだ? オレを殺すとでも言いたいのか? 良いぜ、やってみろよ」  孝史がズボンのポケットから何かを取り出し下へと放り投げる、それはボトンと言う音と共に、畳の上を滑りながら章良の足先へ当たり止まった。章良がチラリと視線だけ下に向けると、そこには銀色のバタフライナイフが転がっている。  カチと言う音で、視線を戻すと孝史の手の中で投げられた物と同じ形のバタフライナイフが光っているのが見えた。 「ほら、来いよアルバイト君」 「………………」  章良の目も段々と据わり始める、ここで逃げたら真琴は誰が護るのか、自分の死を覚悟しながらも好きだと気持ちを告白した真琴の泣き顔が頭を誤り、章良の指がピクリと動いた。 「駄目だ……ゲホ……挑発に、乗っては駄目……浄水君……!」  足下のナイフを手にしようと、ゆっくりと腰を屈めた章良の足首を真琴が掴み止めた。章良はハっとした顔をして真琴を見る。 「マコちゃん……」 「駄目、これで浄水君が……ナイフを取ったら……孝史の思うつぼだ」 「黙れこの淫売! お前はほんとオレを怒らす天才だな! 折角許してやろうと思ってたが、もう終わりだな! そんなにその男の事が気に入ってるのなら二人して生きながら海に沈めてやらぁ!!」 「あっ……!」  孝史が激昂し叫んだ瞬間、後ろで小さな声が聞こえ章良の足首を掴んでいた真琴の手が離れた。章良が振り返ると仲間の一人が真琴の腕を掴み布団から引き摺り出そうとしていた為、咄嗟に男の腕を蹴り上げた。 「触るな――――!!」 「浄水君、後ろ――――――!!」  真琴が叫ぶと同時に章良は振り返ったが、その時にはナイフを構えた孝史が直ぐ自分の背後にまで迫って来ていた。今横へ飛べばあるいは避けられたかもしれない。しかし章良は自身が盾になり真琴を護る事を選んだ。  章良の背後からの殺気を纏った孝史の顔が見え、真琴は咄嗟に叫んだが次の瞬間章良の思いがけない行動に真琴は驚き目を見開く。何の躊躇いも無く真琴の上に覆い被さり、しっかりと頭を抱え込まれる。二回り小さな真琴の身体は章良の下へすっぽりと隠れる形となった。 「浄水君――――――!!」  章良の身体の下で真琴の悲鳴に近い声が響いた瞬間――。  ドン! と言う鈍い音が耳に届いた。 「い……嫌だ―――――――!!」 【続】  2019/08/23 海が鳴いている20  八助のすけ  

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