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第5話 忘れ物にはご注意を
「あ、しまった。」
残業を終え、高木と連れだって帰ろうとしていた。
―――忘れてた。
社会科準備室に鍵を掛け忘れている上に、私物を置きっぱなしにしていた事を思い出した。帰る前に、気付いて良かった。
「すみません、ちょっと忘れ物を。戻りますので、ここで。」
「じゃあ、また来週。お気をつけて。」
さようなら―――て、高木に別れを告げてから、瞬は準備室へ向かった。
一夜の過ちの後も、高木との関係は特に何も変わらなかった。大人な対応に、同僚でなければ関係を続けてたくらい好感度はアップした。
まあ、あちらは選り取りみどりだろうから、わざわざ瞬を選ぶ必要もないだろうが。
やはり準備室に鍵は掛かっておらず、ガラッ―――と、ドアは開いた。しかし、誰もいないはずの室内に人がおり、不意打ちにビクッとなる。
一瞬、霊感があったのかと思った。
「おい?」
室内には電気がついておらず、随分と暗い。その中で誰か―――西倉がソファに寝転んでいた。部活終わりに来たのだろう。部活のジャージだった。
無防備に眠っている西倉の姿に、ぎゅっと胸がつかまれる気がする。
いつまでも眺めている訳にはいかないので、意を決して、近寄り声をかけた。
「西倉、起きろ。」
「あ―――、先生。遅え。」
西倉はパチリと目を開けて、瞬の姿を認めた途端に不貞腐れた顔をする。そんな甘えているような表情を見せないで欲しい。
「何で、こんな所で寝てるのさ。」
「先生、待ってました。」
ふぁ―――と、欠伸をしながら、西倉が上半身を起こして座る。
「あのね、風邪ひくでしょ。オレが来なかったらどうするつもりだったの。」
「だって、先生のスマホ、あるし。」
忘れ物の瞬のスマホを見せながら、西倉がニヤリと笑いながら言う。瞬が右手を差し出すと、素直に返してきた。
「オレに用事があったなら、職員室にいたんだから、来れば良かったのに。」
「先生とふたりで話したい事があったから。」
「あ、そう。―――で?」
瞬が話とやらを促すと、西倉がスッと斜め下に視線を反らす。
「先生って―――、高木と付き合ってるんですか?」
「―――はぁ?」
予想外な言葉に間抜けな声が出た。瞬がポカンとしていると、西倉の視線が戻ってきて、何かを堪えるような顔をする。
「高木と、先生、恋人ですか?」
「―――高木『先生』でしょ。」
「んな事、どうでもいいし。先生、答えてください。」
西倉が問いつめるように言い、こちらを睨んでくる。高木との間に疚しいことがない事もないが、恋人かと聞かれれば、胸を張って否定できる。
「違うけど。」
瞬が呆れた顔をしながら言うと、西倉がぎゅっと眉を寄せた。
「先週の土曜日の朝、高木―――先生の車で送ってもらって、学校にいただろ。朝練より早く来てて、佐々原先生が降りてくるの見た。」
まさか、見られていたとは。早朝だったから、誰もいないと思って油断していた。
しかし、見られたから何だと言うのだ。これが男女なら分かるが、そもそも男二人をそんな風に勘ぐったりは普通はしない。
だから、平然と返せば良いだけ。
「あの前の日に飲みすぎて、泊めてもらっただけだよ。オレ、酔っ払って。何でそんな風に思ったわけ?」
「何となく。」
「何となくって、キミ。」
―――野生の勘だろうか。
本能で生きているような奴だから、有り得ると納得してしまいそうになる。
「高木先生とはもちろん、誰とも、付き合ってないから。付き合う気はない。おーけー?」
瞬が腕を組んで宣言するように言うと、納得していない顔だったが、西倉が一応は頷く。
何とか誤魔化せたか―――と、内心で安堵に息を吐きながら、瞬は背を向けた。
教師同士が付き合ってるかもしれないと思って、それを本人に確認しに来るなど、剛胆というか、失礼というか。きっと何も考えてないのだろう。
「じゃあ、帰ろうか。あんまり遅―――」
後ろから手首を掴まれて、ビクッと体が大袈裟に震えた。思った以上に大きな手だった。
「先生―――」
驚いて反応できずにいると、そのまま瞬は手首を引かれ、後ろにいる西倉の大きな体に包み込まれた。その温かい体温に、脳天から足先までビリビリと体が痺れる。
「まだ話、終わってませんよ。」
「にしっ―――」
我に返って身を捩るが、西倉の腕はびくともしない。更に隙間なく抱き締められて、ひゅっ―――と、呼吸が詰まる。
「先生、オレの事、どう思いますか?」
耳元で囁かれた西倉の声に、ブルッと体が震えた。
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